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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
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第三十六話 シュート・ザ・ムーン(7/7)

「あら、こんなとこにいたのね」

旋頭(せどう)コーチ……」


 旋頭コーチは缶ビールを1本買って、慣れた手つきで片手でタブを開けながら1人掛け用のソファに座った。


「ちょうど良いわ。貴方達2人に話したいことがあったのよ」

「……もしかして、警告試合のことですか?」

「察しが良いわね月出里(すだち)。その通りよ」


 やっぱりそれか……ミーティングの時も何故か触れられなかったから気にはなってたけど……


「すみませんでした……」

「何が?」

「勝手なことをして、迷惑かけてしまって……」

「まぁ……それもそうね。確かに一応監督を務めてる立場としてはそこを一番問題視するべきだとは思うんだけど、元選手の立場からすれば少し違うわね」


 旋頭コーチは缶を傾けた。喉を鳴らして、一気に半分は飲んだんじゃないかってくらいの勢い。

 そして、こう聞いてきた。


「野球に卑怯って、あると思う?」

「え……?」

「そりゃあまぁ、ビーンボールとか色々……」

「私が思うに、野球に卑怯なんてない……厳密に言えば、卑怯があったとしても形になることはないと思ってるわ。バレなければそれが卑怯だと誰にも認識されないし、バレたらその時点でそいつは"卑怯者"じゃなくて"単なる間抜け"になるだけなんだからね」

「「……!」」

「私がメジャーでやってた頃に、樹神(こだま)が"完璧な投手"と認めた奴がいたんだけどね、そいつはまっすぐも変化球も全部一級品で、制球も抜群。ステロイドが平気で使われてあからさまに打高だったその当時に防御率1点代を達成するという、本当に凄い奴だったわ。だけどそいつはその一方で、"ヘッドハンター"としても有名だったのよ」

「"ヘッドハンター"……?」

「読んで字の如く、頭の近くにも平気でビーンボールを投げ込む奴よ。実際そいつは元々死球が多かったのに、移籍して打席に立つようになってから報復を恐れたのかあからさまに死球が減って、引退した後に『9割方わざと』って自分で認めてたしね」

「「…………」」

「まぁ薬物に対する認識が今と違ってた時代背景からしたら、対抗手段として仕方ない部分もあったんだけどね。歴代の殿堂入り投手と比べて全盛期が短く、通算成績のインパクトに欠けてたにも関わらず殿堂入りが認められたのも、世間ではその問題点よりも実績の方が大きく評価されたっていう証明と言えるわ」


 そう言って、旋頭コーチは缶をボク達に向けた。


「私もね、"日本人メジャーリーガーのパイオニア"とか、そんな感じで世間では英雄視されてるけど、それはあくまで旋頭真希(わたし)という人間のほんの一面を見てるだけでしかないの。"投手としての旋頭真希(わたし)"をプロ野球ファンの教養程度に知ってても、男遊びとか、こうやって飲んだくれるのが好きっていう一面を知らない人間も、世間では少なからず存在するわ。しかも野球って数字の競技だからね。セイバーメトリクスがどうとかっていう今の時代なら尚更、選手のプレーより数字ばかりを追ってるファンも多く存在してる。そこら辺は自分なりの野球の楽しみ方ってことで、どうこう言うつもりはないんだけどね」

「……やったことよりも、バレたのが悪いってことですか?」

「まぁそういうことね、月出里。こっちから仕掛けたわけじゃないし、結果としてこっちの被害を抑えられた部分もあると思うから、やったことについて特段責めるつもりはないわ。ただ、わざとだって知らしめるのも確かに抑止力として働くと思うけど、そんなのは当事者達の間で察せられる程度で十分。はたから見ても報復だってわかるほどに誇示したところで、世間の心象が悪くなるだけよ。世間は基本的に英雄を求めてるから、ある程度結果を出してる人間に対してはできるだけ良い部分だけ切り取って見るようにするものだけど、そうじゃない奴は"英雄のかませ"に仕立て上げるために厳しく見るものよ」

「……意外ですね」

「?」

「チームの方針から言っても、『実力で勝て』とかそんなこと言うのかと思ってたんですが……」

「そうね。私としても、野球がルールブックをなぞって実力だけで競えるものならその方が絶対に良いと思うわ。だけどね、実際はそうはいかないものよ」

「あのバk……西園寺さんみたいなみたいな人がいるからですか?」


 月出里の問いに、旋頭コーチは首を縦に振る。


「実力主義は優劣を明確にできるし、感情論抜きの落とし所としては最適だけど、それと同時に、全ての人々へ平等に不平等をもたらすものだからね」


 ……そうだな。


「実力主義における不平等を払拭するための要素が運しかないなんて言われて、全ての選手が納得できるわけがないでしょ?プロ野球選手はみんな一応『チームの勝利』という共通の目的があるけど、個人的な目的は人それぞれ。単純に野球がしたいからってのもいれば、栄光を掴むため、好みの異性で(しゅ)を残すため、大金を得るためってのもいる。そういう目的がある以上、勝つためになりふり構わない奴なんて球界にはごまんといる。だから私は、"卑怯をしない強者"はいても、"卑怯を知らない強者"はいないと思ってる。そしてそれが顕著になるのが、プロとアマの大きな違いだと思ってる」


 旋頭コーチは缶の残りを飲み干して、テーブルに置いた。


「特に秋崎(あきざき)には、そういうのを今日の試合で身を以て知って欲しかったのよ。あの子は人間性は本当に素晴らしいし、才能だってあるけど、それだけじゃこのプロの世界は生きていけない。人間の汚い部分を笑って見過ごしたり見て見ぬふりをしてるだけじゃ、いずれは自分の身を滅ぼしかねない。貴方達も、別に積極的に卑怯な真似なんてしなくて良い。だけど、せめて卑怯から自分の身を守れるようになるか、どんな卑怯も実力で返せるようになってほしい」

「そのために西園寺さんがちょうど良かったってことですか?」

「あれは私から言わせてもらえば、"玄人(くろうと)気取りのお子ちゃま"だからね。一軍に棲息してる"卑怯者"はもっと巧妙にやるわ。もしくはさっき言った奴みたいに、問題点に文句を言わせないくらいの結果を出してるわ」


 旋頭コーチが秋崎を故意に危険に晒したことを、正直言って不快に思う部分もある。だけどきっと、それは優しさじゃなくて甘さなんだろうな。彼女のプロとしての大成を願ったのだから尚更……




******視点:月出里逢(すだちあい)******


 旋頭コーチはきっと、見え透いたことをしたあたし達もまたまだまだ"お子ちゃま"だって言いたいんだと思う。まぁそれは事実だし、実力でやり返せないことの証明でもあると思う。


 あたしだって、本当は実力だけで勝ちたい。


 お父さんとお母さんは元々格闘技で競い合ってた間柄。だけど結ばれてあたしが生まれた。そんなあたしだから、『勝負』と『誰かを傷つけること』を同列で考えたくない。実力を競い合えればそれで十分。その上でわざわざ相手を痛めつけなきゃいけない理由なんかない。

 多分そういうのも、お父さん達と同じ道じゃなく野球を選んだ理由の1つなんだと思う。


 なのにあたしは、あのピッチャー返しをやってしまった。

 雨田くんに教えた理由に嘘はないけど、いつも通り、都合が悪いのは隠した。『佳子(よしこ)ちゃんばかりがもてはやされる苛立ちを発散するのにもちょうど良かった』なんて、言えるわけがないよね。

 腹を割ったように見せかけて、好感だけを売りつけてしまった。


 自分に対しても、『勝負』を(けが)したなんて綺麗な大義名分を掲げて、本当にあたしって汚い。

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