第三十六話 シュート・ザ・ムーン(5/7)
ご指摘があったため、前書きは今回から簡略化します。
2018ファーム バニーズ 2-1 ビリオンズ
7回裏 0アウト
打席:月出里逢
「プレイ!」
どこからどこまで計算なのかはわからんけど、確かなのは、ウチはコイツにぶつけれてないどころか、アウト1つすら取れてないってこと。そして、お行儀よく勝負せなアカン状況にされてもうたってこと。
危険球はあくまで手段であって目的ではない。あくまで戦略的に、アウトを取りやすく、失点リスクを避けやすくするためのもの。さっきのタイムのおかげで少し冷静になれてそこを思い出せたけど、だとしたらウチは目的どころか手段すら果たせてないってことになる。
日本の野球において、1つの大きな頂点に立ったウチが、こんな名前も知らん、たまたま妃房を打ったくらいのチビに否定されてるってことなんか……!?
「ファール!」
そんなこと、あってええはずがあらへん。そんなこと……!
「ファール!」
「おおっ!149!!」
「プロ入ってからは148がMAXやったっけ?」
「フォーム変えたしな」
「やりゃできるじゃねぇか西園寺」
……やっぱウチのまっすぐはこんなもんなんか。
(大丈夫です、西園寺さん!まともな形のヒットはまだ打たれてないんです。公式戦ではまだホームランどころか長打も打ったことのない打者。臆せず投げていきましょう!)
嚆矢園を制して、ドラ1で指名されたウチも今じゃ、無名のチビに手こずって、育成の陰キャに支えられてようやっと……その程度なんやな……
……その程度のままでいてええわけないやろ!
「!!!うぉっ……!?」
「ファール!」
「くーっ、惜しい!」
「あとちょっとでツーベースやったんやけどなぁ……」
(まずいな……合わされてきてる。西園寺さんも自覚があるのかわからないけど、明らかに顔が疲れ切ってる。球の威力は何とか維持できてるけど、さっきからストライクゾーンへの球が全部甘い。中盤からの疲労と痛みを気合いで抑えてた分の反動がここにきて出始めてるのかも……)
陰キャメガネのサインはフォーク……
(一応、唯一空振りが取れた球。どのみちこれ以上この打者との勝負にこだわるのは西園寺さんにとっては酷だ)
逃げろって言うんか……!?
(逃げにしなければ良いんです)
首を振らずとも睨み返したけど、サインは変わらず……上等や!低めいっぱいに……
「ッッッ……!!!」
「ボール!フォアボール!!」
「よっしゃあ!」
「ナイセンナイセン!」
「【朗報】ちょうちょ、今日の出塁率10割」
「まぁ警告試合の直前で普通に出れてたんやけどな(マジレス)」
最後の最後で、脚が痛んでリリースが狂った……『事故』の言い訳に使うはずやったのに、こんな……
「あああああッ!!!」
叫んで、膝に手を当て、項垂れる。向こうのベンチや観客に讃えられながら一塁へ向かう月出里の姿を見ることもできひん。
敗けた……!くそっ、くそッ!くそッッ!!
「タイム!」
ベンチからのタイムの要求。投手コーチと陰キャメガネがウチの元へ。
「……よく頑張った、お疲れさん」
またコイツは……!
「何でなんですか!?ウチはまだ投げれますよ!200球でも300球でも!!次こそウチが勝つんや!!!」
「……!」
月出里にはウチの何もかもを否定されとるんや。こんなところで降りられるか。もう一巡やらな気が済まんわ……!
「あれを見ろ」
「……!」
監督がベンチから出て、審判と話して……
「…………」
「西園寺、丸4年以上の付き合いで初めて知ったが、お前は案外根性があるんだな。正確に言えば執念なんだろうが……それに、結果だけ見ても7回途中で自責2、先発として十分な働きだ。警告試合にした件については反省点として監督からの追及があるだろうが、だからこそ、挽回のために次の機会も巡ってくるだろう。悔しい気持ちはわかるが、本当に敗けっぱなしにならないためにも、今日はもう休め」
「……はい」
「それで良い。次も期待してるからな。それと病院に連絡入れてるから、今日はもう上がって診てもらえ」
「ビリオンズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、西園寺に代わりまして……」
最後まで一塁の方は見ないようにして、ベンチへ戻っていった。月出里がさっきみたいに笑ってようが何してようが、姿を見るだけでマウンドを降りられそうもなかったから。
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