第三十五話 卑怯なんてない(8/8)
2018ファーム バニーズ 1-1 ビリオンズ
4回裏 攻撃開始
○天王寺三条バニーズ
監督:旋頭真希
[先発]
1左 ■■■■[右左]
2遊 桜井鞠[右右]
3一 ■■■■[右左]
4指 財前明[右右]
5捕 真壁哲三[右右]
6中 秋崎佳子[右右]
7二 ■■■■[右右]
8右 ■■■■[左左]
9三 月出里逢[右右]
投 雨田司記[右右]
●大宮桜幕ビリオンズ
監督:■■■■
[先発]
1左 招福金八[右両]
2二 ■■■■[右右]
3中 ■■■■[右左]
4一 ■■■■[右右]
5右 ■■■■[右右]
6指 ■■■■[右左]
7三 ■■■■[右右]
8遊 ■■■■[右右]
9捕 西科京介[右右]
投 西園寺雲雀[右右]
******視点:夏樹神楽******
「4回の裏、バニーズの攻撃。4番指名打者、財前。背番号46」
今日はあっしも終盤に登板する予定があるけど、ブルペンでの準備にも慣れて、中盤も試合を見守る余裕ができてきた。
にしても、最近の佳子はほんとにやるよなぁ。こんなこと考えちゃダメだとわかってても、やっぱり妬ましく思う気持ちもほんの少しはあるんだよな。単純に活躍したこと自体もそうだけど、ファンの人らも佳子に熱を上げてるのばっかで……
ただきっと、アイツがあれだけ好かれてるのって、前の握手の時のアレみたいなことがあっても、我慢して笑ってられるからなんだよな。『あんなことする奴が全部じゃない』って信じてな。
「センター!」
「よっしゃよっしゃ!ナイバッチ財前!」
「勝ち越し点はこっちがもらうで!」
さすがバッティングは一軍クラス。今年もウチの二軍でOPSトップ。ピッチャー的には守備も頑張ってほしいんだけど……
「5番キャッチャー、真壁。背番号23」
(難しいところね……真壁は勝負弱いしバントは巧いから、実戦を想定するなら送りなんだけど、送りの場合、秋崎が余計に……)
とりあえず最初からバントの構えじゃないのか。まぁ二軍戦だし、真壁さんにも機会を与えたいってことなのかねぇ……
「うげっ!?」
「アウト!」
「アウト!」
「やっぱりな」
「バントちゃうんか……」
「マカゲマカゲ」
お手本のような6-4-3。ホームラン二桁打っても打点が20ちょっとだっただけある。
(まずったわね……これならまだバントの方がマシだったわ。単純に勝ち負けという意味でだけじゃなく……)
「6番センター、秋崎。背番号45」
「構へん構へん!また一発打ったらええねん!」
「佳子ちゃん!もう一回プルプルしたれ!」
「2つあるんやからな(ゲス顔)」
ツーアウトランナーなしで6番……まぁ下位打線は続きづらいし、勝ち越し点狙うなら確かに一発狙いで……!?
「!!!!!」
「お、おい!!!」
「大丈夫か、おい!」
「ひ、ヒット・バイ・ピッチ!」
今日大活躍の佳子の打席を迎えたことでの盛り上がりが、一気にざわつきに変わった。
インコースの速めの球が背中に直撃。その場でうずくまる佳子の元へ、トレーナーさんと振旗コーチが駆けていった。
「秋崎!大丈夫!?」
「ぅぅ……」
アマチュアなら投手も打席に立つものだからよくわかる。あの辺当たるとしばらく声も出ないんだよなぁ。こればっかりは申し訳なく思うもんだが、ピッチャーとしちゃわざとやるものじゃないし……
「……フッ」
……!?西園寺、笑って……!
「おおっ、おっぱいちゃん立ったで!」
「ナイスガッツや!」
「まぁあの辺なら痛くはあっても故障とかはあんまりないからな……大事にならんで良かったわ」
痛がりながらも必死でコーチ達に笑って取り繕いながら、佳子は一塁へ向かっていった。
それは結構なことだが、西園寺は何考えてやがるんだ……?確かに人間、でっかいヤラカシした時には思わず笑うことだってあるだろうよ。だけどさっきのはそんなんじゃなかった。明らかに嘲笑ってやがった。
(恐れてた……と言うより、予想通りの事態になったわね。さっきの真壁のとこ、送りだったら一塁空いて余計に秋崎にぶつけられる口実になると思って、どうせならぶつけるデメリットを大きくするためにヒッティングを選択したんだけど……これならまだ送りの方が良かったわね)
「ストライク!バッターアウト!スリーアウトチェンジ!」
「おいィ!?そこで仇討てんのか!!?」
そうあってほしいもんだけど、現実は甘くねぇよな……
******視点:西科京介******
やってしまった……
そりゃ確かに右のシュートピッチャーならこういうことはいくらでも起こりうるだろうけど……
「おい、西園寺」
「何ですかぁ、監督」
ベンチに戻ってくると、西園寺さんは早速二軍監督に呼び止められた。
「俺が求めたのは結果のはずだが?」
「ええ、だから将来的に脅威になりそうな相手を厳しめに攻めたんですよぉ」
「つまり、わざとか?」
「そんなわけないじゃないですかぁ♪……まぁ仮にわざとだったとしても、むしろそれって監督が望んだとおりのチームプレイじゃないですかぁ?もちろん、あくまで内角を厳しく攻めた『結果として』こうなっただけですけど」
多分、故意だろうね……確証があるわけじゃないけど、こんな平気で笑ってられるのは……
「それに、プロの真剣勝負に卑怯なんてないですよね?向こうも避ければ良かっただけの話ですし、ちょっと前のプロ野球じゃどこかの捕手が『死球も配球の内』とか言って、樹神さんなんかもぶつけられまくったって聞きますしね。どうしても気に喰わないんやったら、向こうやってウチにぶつければいいんですよ……できるんならね」
そう言って、また悪い笑みを浮かべる西園寺さん。
あんまり善い話じゃないけど、こういうのも『野球は投手有利』と言われる所以だよね。逆に投手に打球がぶつかることもあるけど、頻度の多少や被害の大小はともかく、故意にできるかどうかって点では投手の方が遙かに容易。しかも二軍はどちらのリーグも、リプでは一軍でも指名打者制。投手はほとんど打席に立たない。
マウンドの上っていうのは確かに玉座のようなものではあるけど、それと同時に王様ならではの特権さえも与えられてしまう。安全圏から、好き勝手に振る舞える特権を。『野球は投手が投げないと始まらない』って感じで、主導権を振りかざしてね。打者は基本的に自分にぶつからない球しか打てないから、ある意味ではその時点で投手にお伺いを立ててるとも捉えられる。
もちろん、だからと言って全ての投手が悪いってわけじゃないし、投手もぶつけるだけじゃ絶対に勝てないけど、問題は『可能性が生まれてしまう』ということ。銃を撃ってはいけないって決まりがあったとしても、誰の手にも届くところに銃があれば、いつかは誰かが撃ってしまうんだからね。
******視点:夏木神楽******
「西園寺はこれがあるからなぁ……」
「それなりに実力あってもあんなん一軍で出したら大顰蹙やで……」
「いくら元々ビリオンズの投手デドボが多いからってなぁ……」
あっしは確かにビリオンズファンだけど、佳子のシャークス愛ほど熱心じゃないし、ここ数年は自分のことでいっぱいいっぱいだったから二軍の選手までは追えてなかったんだよな……ドラフトの時は1位だからってなんとなく期待してて、ふと気づけばそういやあの人一軍で見ないなぁって感覚だったけど、こういう事情があったんだな……
「……ん?」
もうすぐ向こうの攻撃が始まるけど、サードの逢が何やら雨田と話してる。ベンチからじゃ当然、会話の内容はわからないけど、1つ確かなことがある。
「じゃ、夜露死苦ね」
「ああ」
アイツらが目の前であんなことされて黙ってるような人種じゃない、ってこと。
逢はサードの定位置に戻る前に、立てた親指で首を横切る仕草をしながら不気味な笑み。そして雨田はそれを同じような表情で応えてみせた。やっぱりお前らはそういう奴らだよな……ほんと似た者同士だわ。まぁ加担はしないけど、目は瞑るよ。あっしも結構ムカついてるし……




