第三十五話 卑怯なんてない(7/8)
2018ファーム バニーズ 1-1 ビリオンズ
3回裏 2アウトランナーなし
○天王寺三条バニーズ
監督:旋頭真希
[先発]
1左 ■■■■[右左]
2遊 桜井鞠[右右]
3一 ■■■■[右左]
4指 財前明[右右]
5捕 真壁哲三[右右]
6中 秋崎佳子[右右]
7二 ■■■■[右右]
8右 ■■■■[左左]
9三 月出里逢[右右]
投 雨田司記[右右]
●大宮桜幕ビリオンズ
監督:■■■■
[先発]
1左 招福金八[右両]
2二 ■■■■[右右]
3中 ■■■■[右左]
4一 ■■■■[右右]
5右 ■■■■[右右]
6指 ■■■■[右左]
7三 ■■■■[右右]
8遊 ■■■■[右右]
9捕 西科京介[右右]
投 西園寺雲雀[右右]
******視点:旋頭真希******
4回の表、向こうの攻撃。打線が二巡目に入って、また試合が動き始めた。
「アウト!」
「ふぅ……」
テキサスとクリーンヒットが続いて一二塁の状況だけど、単純に打ち損じてくれたのか、ポップフライでようやくワンナウト。
「5番ライト、■■。背番号■■」
ただでさえ引き出しが少なく、球威に依存しがちな雨田。並の二軍打線相手なら二巡目くらい十分乗り切れるはずだけど、相手はビリオンズ打線。それに……
「……あ!」
「ゴーゴー!」
「ああ……まーたやりおった……」
「真壁……ほんまあのゴールキーパーは……」
「これで雨田に暴投は付かんよな……?」
キャッチャーの壁性能に難があって落ちる球を使いづらいから、少ない球種にさらに制限がかかってる状況。
真壁は他のスキルは一軍の正捕手として最低限以上備わってるし、最近では少なくなった二桁打てるパンチ力のあるキャッチャーなんだけど、投手からしたら一番備わっててほしい能力が欠けてるのが悩みどころだわ。
「ボール!フォアボール!」
「く……!」
「ドンマイドンマイ!」
「球走ってるぞ!落ち着いてけ!!」
雑に落ちる球で空振りを狙いづらい以上、できるだけコースを突くしかないけど、雨田にそんな制球力があればとっくに一軍でやれてる。球威があるから追い込むまではまだ甘めでも何とかなるけど、フィニッシュはどうしてもね……
「6番指名打者、■■。背番号■■」
「満塁満塁!」
「続け続けー!」
(相手は左……同じ落ちる球に変わりないが、どうにかチェンジアップを低めいっぱいに決めれば……!)
雨田は与四球は決して少なくないけど、連続で出して自滅するようなタイプじゃない。修正力に期待したいところだけど……
「ファール!」
「よっしゃ!よう喰らいついた!」
「欲張らずに繋げてけー!」
「ッ……!」
追い込んでせっかく良い感じの高さにチェンジアップを落とせたのに、どうにか喰らいつかれたか。あんな良いカットはそう続けられるとは思えないから、続けるのが無難なとこだけど……
(くっ!高い!)
(モラッタ!)
再びのチェンジアップ。流石にまだあの高さのそれを再現しきれなかったみたいで、バットが届く範囲。無理なく巧く拾い上げてセンター前……
「うげっ!?」
「アウトオオオオオ!!!」
と思いきや、秋崎が猛チャージから体勢を崩しつつもノーバンキャッチ。
しかも……
「セカン!!!」
「アウトオオオオオ!!!スリーアウトチェンジ!!!!!」
「うおおおおおおおおおお!!!!!」
「おっぱいちゃん最高やあああああ!!!」
「すげぇ!すげぇぞ佳子!!」
巧く受け身を取って瞬時に送球体勢に移り、二塁へ送球。ランナーの帰塁が間に合わずアウト。単純に脚と肩が優れてるだけじゃできないプレーね。
野球はフィジカルだけでは実力の差がつきづらいスポーツだから、プロでも選手のみんながみんな絵に描いたようなアスリートではない。みんなだいたい似たような体格してるサッカーとか相撲とかと違って、野球は選手の役割やプレースタイルによって体格や運動能力の得意不得意にバラツキがある。特に投手やスラッガーだと肥満気味だったり、どのポジションでも他のスポーツはからっきしな選手も珍しくない。
そういう誰しもが大成しうるという面も野球の魅力と言えるけど、それでなおのこと、ああいうシンプルに飛び抜けた運動神経の持ち主が一層華を感じさせるものよね。
「すごいじゃないか秋崎!助かったよ!!」
「雨田くんも良いピッチングだったよ!」
流石の雨田も、珍しく味方のプレーに興奮を隠せてないわね。
「旋頭コーチ!ありがとうございます!!」
「え……?」
「さっきのプレーは旋頭コーチのおかげです!さっき教えてもらった通り気を引き締めなおしたからできました!本当にありがとうございました!!」
「え、ええ……よく頑張ったわね……」
……ほんと、色んな意味で人の心を動かせる子だわ。どこまで天然で、どこから計算なのやら。いずれにせよ、人間的には素直に好感を持てるわ。
だからこそ、この試合を乗り越えて一皮剥けてもらいたいものね。
「……ん?」
賑わうベンチでは目立つような目立たないような小さな異音。何かを叩いたか蹴ったような、そんな音。その方向を見てみると、月出里の後ろ姿。表情が見えず、ただ直立してるけど、拳を握りしめてる。
「……佳子ちゃん!この回打席が回ってくるね!」
「うん!打つ方も頑張るよ!」
だけどすぐ振り返って、いつも通り秋崎と接してる。
やっぱりこの子、良い意味でも悪い意味でも相当な爆弾みたいね……




