第三十五話 卑怯なんてない(4/8)
******視点:西園寺雲雀******
「……と、というわけで、今日はこんな感じでお願いします……ハイ……」
「あーうん。任せとき任せとき」
もうすぐ始まる試合に向けて、今日組むキャッチャーとサインとかの確認。
学校で先生にとりあえずで陰キャとペア組まされた時と全く同じ心境やな。西科って言ったっけか?背はウチとあんま変わらんし、清潔感もへったくれもないボサボサ頭で無精髭で、平成ももうすぐ終わるっていうこのご時世に瓶底メガネ。プロとしての先輩相手っていうのを差し引いても、この見た目通り喋り方もオドオドしてるし、おまけに育成の薄給。オスとしてまるで魅力が感じられんわ。
まぁ一軍には撫子がいるから正捕手にはなれんやろうけど、せいぜい支配下くらいは勝ち取るんやな。キャッチャーなんやからブルペンでくらいは仕事もらえるやろうし。新卒カードなくなったとはいえ大卒なんやから、そもそも普通に就活した方がマシやと思うけど。
「ママ、美味しい!」
「ありがとな、たーくん。ちょっとじっとしててな」
お昼時ってことで、観客席には試合前に食事を済ませとこうってのもチラホラ。向こうにはチビに弁当食べさせて、顔に付いたソースを拭き取ってる母親。
「……ぷっ」
「……?」
女捨ててんなぁ。今時の母親にしちゃ歳が若めで顔立ちもそれなりに整ってるけど、肥えとるし髪も服も適当やし。まぁ金曜のこの時間にいるってことは専業やろうし、大方カネだけはまぁまぁ持ってる男を捕まえたんやろうな。チビの顔、母親と似てへんし。それなら妥協点としては悪くないわな。
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「この前な、雲雀のすっぴん見たんやけどさぁ、ニキビめっちゃヤバかったwwwww」
「なんか野球部やとエースなんやろ?」
「うん、その練習中で見たwww」
「あー、野球部の特待組の女子ってだいたいそんなもんやで」
「女捨ててるよなーwww行けるかもわからん嚆矢園とかプロとかのためにようやるわwww」
「元から捨てるもんないからちゃう?wwwww」
「wwwwwwwwww」
「ウケるwwwww」
「でもまぁもしかしてってこともあるんやし、とりあえずダチでキープで良いんじゃね?www」
「やねーwwwプロってめっちゃカネ貰えるんやろ?wwwww」
「もしかしたら芸能人とかと付き合えるかもwww」
「あんなブスなのにウチらと付き合えるの感謝してもらわんとなwww」
「ほんまそれwwwww」
「…………」
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けど、ウチは持ってる側やから。妥協なんて必要ない側やから。顔とか若さとかそんなんに頼らんでええ側やから。
******視点:雨田司記******
「ナイスボール!」
キャッチボールの強度を高めていき、もうすぐ仕上げ。
今日捕るのは、オールスター以降から二軍の真壁さん。一軍では冬島さんが試合に慣れてきたから、しばらく伊達さんを第三捕手として休ませて、スタメンマスクは冬島さんと二軍で好調だった土生さんの2人を軸にして、途中出場で有川さんを活用する方針を取るらしい。
正直、真壁さんがマスクだと縦スラが使いづらいってのがあるんだけど……
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2018ファーム バニーズvsビリオンズ
○天王寺三条バニーズ
監督:旋頭真希
[先発]
1左 ■■■■[右左]
2遊 桜井鞠[右右]
3一 ■■■■[右左]
4指 財前明[右右]
5捕 真壁哲三[右右]
6中 秋崎佳子[右右]
7二 ■■■■[右右]
8右 ■■■■[左左]
9三 月出里逢[右右]
投 雨田司記[右右]
●大宮桜幕ビリオンズ
監督:■■■■
[先発]
1左 招福金八[右両]
2二 ■■■■[右右]
3中 ■■■■[右左]
4一 ■■■■[右右]
5右 ■■■■[右右]
6指 ■■■■[右左]
7三 ■■■■[右右]
8遊 ■■■■[右右]
9捕 西科京介[右右]
投 西園寺雲雀[右右]
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一旦ベンチに腰をかけて、今日のオーダーを再確認。
幸い、今日の相手は右打者が多いから横スラを軸にできるし、左相手の時は課題のチェンジアップを磨く機会だと割り切れば良いか。
「おっと……」
オーダー表に注視しながら脇に置いてたグローブを取ろうとしたものだから、うっかり落としてしまった。
「はい!」
「ありがとう」
それを、たまたま近くに来た秋崎が拾ってくれた。
「……こうやって拾ってくれたのは2回目だな」
あの時は本当に酷いことをした。
「そうだね。でも今度は、笑って『ありがとう』って言ってくれたね」
「それくらい、本当はできて当然のことさ」
「それでも、前に進めたね」
「…………」
「人それぞれ、何が簡単で何が難しいかは違うよ。わたしも雨田くんも、できることはどっちも違うんだから、今日も一緒に頑張って勝とうね!」
「……ああ!」
全く、キミは本当に眩しすぎるね。キミは変わったボクを褒めてくれたけど、ボクは変わらないキミを褒めたい。ボクだったら1回目でもう付き合うのをやめるよ、こんなプライドばっかりの男。
だけどキミのそんなところに惹かれる反面、悪意ある人間がその性格につけ込まないかって、逆に不安も募る。ただでさえ実力主義の勤め先なんだからね。
実力主義自体は大いに結構。変な年功序列とかが絡むくらいなら、いっそその傾向をもっと強めてくれた方がずっと助かる。
……それでも、同じくらいの実力であれば、秋崎のような奴が報われてほしいと、今は心から願ってる。そしてできれば秋崎と……いや、何を考えてるんだボクは。
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「1回の表、ビリオンズの攻撃。1番レフト、招福。背番号8」
「プレイ!」
初っ端から一軍レギュラークラス、盗塁王経験もある招福さん。長距離砲揃いのビリオンズ打線では珍しい純粋なリードオフタイプで、打線のアクセントにもなってる。
「アウト!」
「よっしゃ!幸先ええで!」
「ナイスボール雨田くん!」
「ワンナウトワンナウト!」
ただ、総合的な打力の関係で、一軍だと基本は下位打線。ビリオンズじゃなければ1番を任されるだけの力はあるんだろうけど、今二軍にいるのも一軍で調子が悪かったからね。
「2番セカンド、■■。背番号■■」
とりあえず、今日の打線で一軍クラスはさっきの招福さんだけ……
「!!!」
「レフト!!」
「あっちゃあ……」
初球の抜け球がスタンドイン……
「よぉぉぉし!ナイバッチ■■!!」
「振れてるで振れてるで!」
二軍でも、やはりビリオンズの打者。"繋ぎの2番"なんて生やさしいものではなく、ぬるい球なら軽々飛ばせる強いスイング。総合力の高い一軍の主力相手に燻ってるだけで、一芸二芸に絞れば一軍にも通用する力を持ってる、ということか……
「ドンマイドンマイ雨田くん!」
「ソロムランなら上等や!切り替えてけ!」
「3番センター、■■。背番号■■」
だが、それならそれでいい。
「ストライーク!」
『低めへの制球』『縦スラに頼らない』などの課題に挑みつつ、強力打線との勝負。いい緊張感だ。きっと今後の糧になる。
『人それぞれ、何が簡単で何が難しいかは違うよ。わたしも雨田くんも、できることはどっちも違うんだから、今日も一緒に頑張って勝とうね!』
……きっとまた、彼女に褒めてもらえるだろうしね。
「ストライク!バッターアウト!」




