第三十五話 卑怯なんてない(1/8)
******視点:早乙女千代里******
オールスターを終えてシーズンの後半戦に入り始めた今日この頃。本日7月18日のホーム試合を終えて、ホテルでまったりタイム。
今シーズン、初めて開幕を一軍で迎えたあーしは、まずは敗戦処理からキャリアを積み始めた。
今更自慢にもならねーケド、あーしはこれでもドラ1の期待株だったからね。今で言えば雨田と同じような扱いで、二軍では大体いつもローテに入ってた。その間にダラダラとではあるケド経験は積めてたみたいで、この前はリードしてる時に左のワンポイントで出してもらえたし、6日後のビリオンズ戦ではローテの穴埋めのために遂に先発を任されることが決まった。
「畔、何やってんの?」
「んー、資格の勉強」
「まーた動物関係……好きだねぇ。程々にしときなよ?せっかく一軍に上がれたんだから」
「そうは言ってもまだ安心できる立場じゃねぇだろ……ぶっちゃけいつクビ切られてもおかしくねぇ仕事なんだから、保険くらいかけとかねぇとだろ?」
ほーんと、畔は変なとこで真面目だよねぇ。言わんとするとこはわかるケド。ドラフトの底の方で指名されても、獣医になる夢を中断してプロになったんだから、本末転倒にならなきゃ良いケド。せっかく今も金剛さんの穴埋めとかでそれなりに試合出れてるんだからさ。
「……徳田みたいになれるかわかんねぇんだからな」
「…………」
小さな幸せを一口一口丁寧に味わってるだけのあーしらと違って、徳田はもうレギュラーセカンドの座をほぼ手中に収めてる。開幕から首位打者として独走してたのが、6月に入ってからは急激に失速したケド、四球は相変わらず最低限選べてるし、守備はむしろ良くなっていってる。
あの天野でも最近、松村に出場機会をいくらか奪われてるってのに、この時期にもスタメン出場が固いのは、それだけの底力をこれまでに示せた証拠。悔しいケド、それは事実として認めるしかねー。花城さんに言われた通りね。
「ま、アイツがどうなろうが今度のビリオンズ戦は勝たせてね」
「出れたらな」
「出れるよ。柳はそういうとこにも多分気が回るだろうからね」
「だと良いんだが……」
……『アイツがどうだろうが』、ね。自分の口からいきなりそんなセリフが口から出てきて、今更ながら自分の変節っぷりに驚いてる。
花城さんに色々教えてもらえた後も、なんだかんだしばらくはアイツへの恨みつらみをモチベーションにしてたケド、今となっちゃアイツがコケるよりも、あーし達がどうやったらもっと上を目指せるのか、そっちの方を考えられるようになった。ほんの少しでも成功ってもんを味わえれば、こんなふうになれるものなのかねぇ。
次の登板、期待半分、捨て駒扱い半分なのはわかってるケド……期待してるかんね、畔。
さてと、二軍の方、財前さんと鞠はどんな感じだろうね?
「あ」
「どうした?」
「明後日から二軍もビリオンズ戦じゃん」
「マジか」
二軍情報のサイト、日程を確認すると、明日からウチ主催のビリオンズ3連戦。
となると、つまり……
「……もしかして、アイツが投げるんじゃねーか?」
「畔もそう思う?」
「アイツも腐ってもドラ1だしな……」
「まぁねぇ……」
今はこの程度の立場でも、あーしは高校の頃は"世代No.1左腕"的な評価を受けてたし、嚆矢園にだって行ったことがある。
そんなあーしみたいに、同じ近畿で有名なピッチャーがもう1人いた。アイツは嚆矢園で優勝して、ビリオンズにドラ1で入った。あーしは左で球速だけは上だったから、ドラフトじゃあーしの方が多分評価されてたと思うケド、少なくとも高校の頃は間違いなくアイツの方が格上だった。
……もっとも、ついこの間まで一緒に二軍で燻ってて、アイツは今でもそうなんだけどね。
「そういや今、二軍のバッター右ばっかだな」
「ああ……確かに。畔が一軍来て松村も今は一軍だから……秋崎とか月出里なんかも右だったよね?」
「……とりあえず、財前さんと鞠の無事だけは祈っとくか」
「だね……」
大人しくしててほしいんだケドね、アイツ……西園寺雲雀にゃね。
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