第五話 アイツにだけは絶対に負けたくない(3/4)
◎2月4日 紅白戦メンバー表
※[投打]
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 ■■■■[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 ■■■■[右右]
6指 ■■■■[右左]
7三 ■■■■[右右]
8二 ■■■■[右左]
9捕 真壁哲三[右右]
投 百々百合花[右右]
・
・
・
○白組
[先発]
1左 相模畔[右左]
2右 松村桐生[左左]
3指 リリィ・オクスプリング[右両]
4一 天野千尋[右右]
5三 財前明[右右]
6捕 冬島幸貴[右右]
7二 徳田火織[右左]
8遊 桜井鞠[右右]
9中 有川利世[右左]
投 雨田司記[右右]
[中継登板確定]
氷室篤斗[右右]、早乙女千代里[左左]
[控え]
山口恵人[左左]、夏樹神楽[左左]、伊達郁雄[右右]、
月出里逢[右右]、秋崎佳子[右右]、……
******視点:柳道風******
「6番キャッチャー冬島。背番号8」
さぁて、ワンナウト一塁。将来の正捕手候補くんはこの状況をどう活かすかのぉ?
(一応、大学時代は強打の捕手って言われてたみたいだけど……)
「ストライーク!」
外へのストレート空振り。明らかに長打狙いの強振。
(長打でないと一打で得点はまず無理な場面。妥当ではあるわね)
(なら、次はこれだ!)
真壁のサインに頷いて百々が投じたのは、百々お得意のカーブ。しかし、少し引っかかったのか、明らかに外にいきすぎてる。
(何……!?)
冬島はまだ追い込まれてもいないのに、身体を突っ込ませて強振。
「あ……!」
「しまった!」
「ファースト、ゴー!」
真壁はカーブを捕球できず、ファーストランナーの財前はセカンドへ。まーたやりおったか。
「残当」
「流石は去年の最多捕逸」
「シャークスクビになってからも全然変わんねーな」
「まぁ今年は伊達も復帰するだろうけど冬島も大丈夫かよ。随分フリースインガーだな」
いやいや、ワシは見逃さんかったぞ。スイングの直前、微かに笑ったのをな。思った以上の食わせものじゃな、あの小僧。
(上位打線がキリキリマイの好投手相手に、オレが簡単に長打打てたら苦労せん。せやけどキャッチャーがあの真壁さんならこの通り、付け入る隙はある。財前さんはあんまり脚は速くねーけど、それでも二塁にいればシングルでも生還できる可能性はある)
(クソッ、よりにもよって競争相手の打席で……!このまま負けてられるか……!)
真壁からのサインに、百々は一瞬驚く。
(え?いいんですか?)
(キャッチャーのコイツなら、カーブ後の高め速球を読んでる可能性が高い。それにノーボール2ストライクなら、遊び玉を考えるのが自然。この配球でプロの厳しさを教えてやる……!)
(……ってな感じの思惑と、さっき捕れなかった悔しさを晴らしたいだろうから……)
驚きはしたが、素直に頷いた百々の3球目は……
(3球勝負の外カーブ!)
緩い球に焦ることなく、体重を後ろ脚に長めに保たせてから、迷わず踏み込む。タイミングはバッチリ。そしてさっきまでのあからさまな力みのない、自然体のスイング。
「な……!?」
お手本通りのセンター返し。球足の速いゴロがセンター方向へ向かう。
「おお!打ったぞ!」
「これは抜けるか!?」
だが……
「フン……」
惜しかったのう。
「うぇっ!?」
「ファースト!」
ショートの相沢が追い付き、ファーストへスローイング。
「アウトー!!」
前評判通り、脚は速くない冬島は間に合わず、結果はショートゴロ。
「まぁこんなもんやな」
「ルーキーがそう簡単に百々を打てるわけないわ」
「まぁそれを抜きにしても今年も正捕手真壁は勘弁願いたい」
******視点:月出里逢******
「ホーホホホホホ!恐ろしい子!」
二軍内野守備コーチの尾崎コーチが大袈裟に相沢さんのプレーを讃えてる。
でも同じショートとして、純粋にあたしも同じ気持ち。あからさまにダイナミックな動きをしたわけじゃない。ヴァルチャーズの睦門さんみたいな強烈な強肩を披露したわけじゃない。だけど、単純に上手い。迷いのない一歩目のおかげで飛びつくこともなく簡単に打球を拾い上げて、ダッシュの勢いを殺さず利用して横一回転、そしてスローイング。何というか、全ての動作に詰まりがない。だから、ただ単に何でもないフィールディングのように見えてしまう。
「オーディエンスの大部分には何でもないショートゴロに見えてしまったでしょうね。でも、それで良いのです。飛びついて捕ったり、飛び抜けたフィジカルを前面に出したプレーというのは、確かに客商売としては好ましいでしょう。しかし、そこには必ず、打者に対する同情が生まれます。『守ってたのが〇〇でなければ』『運が悪かった』という感じでね。そしてまた、投手にも『味方に助けられただけで打たれたことには変わりない』『これ以上の強い打球だと確実にヒットになる』という余計な負い目を与えかねません。そしてその心理は投球にも悪影響を及ぼす恐れがあるのです」
確かに。あたしも別に好き好んでそういう魅せるプレーをしたことはないけど、それによって周りがどう思うのかとかはあんまり考えてなかったのかも。
「つまり、"真の守備の名手"とは、観客を沸かせる者ではありません。『ヒットを放った功労者』に同情の余地を与えることなく『ただの凡退者』に成り下げる者なのです」
若い頃から少女漫画みたいな華やかな見た目してるけど、プレーは堅実で犠打の記録も持ってる、まさに2番ショートの代表格みたいなプレーヤーだった尾崎コーチらしい考え。
「いやぁ、冬島くん惜しかったねぇ。ストレート中心だとどのみち対処は難しいから、緩い球勝負に仕向けて一点狙いだったんじゃないかな?」
「そ、そうっす……」
(流石は伊達さん……この人がマスク被ってなかったから最低限ランナーは進められたけど、監督は評価してくれるやろうか……?)