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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
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第三十四話 あたしはあの人の言葉を嘘になんかさせないから(1/4)

幼少期から中島みゆきやら椎名林檎やらを聴きまくってきた私が、選手の華々しい姿とか、きらびやかな試合風景ばかり書くわけないじゃないですか(暗黒微笑)

******視点:月出里逢(すだちあい)******


「いったあああああ!!!!!」

「おっしゃあああああ!!!!!」


 ネクスト視点でも、打った瞬間それとわかる当たり。明らかな失投、だけどそれを待って捉えるのも立派な実力。右打席から思いっきり引っ張った打球がまもなく空席がちなレフトスタンドまで届き、観客の何人かが夢中になって着弾地点に群がってる。


秋崎(あきざき)選手、今季第一号のホームランとなります」


 6月27日、こっちホームのジェネラルズとの二軍戦。あたしのドラフト同期の秋崎佳子(あきざきよしこ)はプロの試合で初めてのホームランを放った。


佳子(よしこ)ちゃん、おめでとう!」

「ありがとう、(あい)ちゃん!」


 笑いながらも涙が溢れそうな佳子ちゃんとハイタッチを交わして祝福。

 ……うん、めでたい。めでたいよ。だけど……


「アウト!スリーアウトチェンジ!」


「いつもの」

「打順調整、ヨシ!」

「ちょ、ちょうちょちゃんには"守備"があるから……(震え声)」


 9番のあたしはあたしらしくいつも通り、次の回の攻撃を1番からにするお仕事。


「センター!」

(……いける!)

「アウトォォォォォ!!!」

「よっしゃあああ!!ナイス佳子!!!」


 センター前に落ちると思ったけど、頭から跳び込んで地面スレスレのとこでキャッチして前転受け身。佳子ちゃんは守っても向こうの得点圏のチャンスを見事に潰して、神楽(かぐら)ちゃんの投球に応えてみせた。


「目に見えて巧くなったなぁ、おっぱいちゃん」

「クッションになってええな」

「跳び込まれてぇ……(クソノンケ)」


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「ご覧頂きました一戦は、3-2でバニーズの勝利となりました。本日のご観戦、誠にありがとうございました」


 結局、佳子ちゃんの勝ち越しソロが効いて、今日はウチの勝利。あたしも実は今日珍しく普通のクリーンヒットを打って盗塁も決めたんだけど、佳子ちゃんのインパクトに全部持っていかれちゃった。

 今回の向こうの大阪遠征に九十九(つくも)くんが来てなくて本当に良かった。佳子ちゃんだけじゃなく、九十九くんにまで高校の時みたいに凹まされたらたまったもんじゃなかった。


「逢、佳子。今日はどっか食べにいくか?」

「良いね!行こう行こう!」

「……ごめん。いったん寮に戻るけど、またこっちで練習するよ」

「そっか。じゃあ一旦お疲れ様だね」


 いても立ってもいられなくて練習したいってのは本心。だけどそれが全てじゃない。

 神楽ちゃんは多分、お礼も兼ねて佳子ちゃんのお祝いをしたいんだと思う。それをもっともらしい理由を付けて断ってるのを2人は気づいててもおかしくないのに、嫌な顔一つせずあたしの意思を尊重してくれた。ぶっちゃけ普段から人付き合いがめんどくさくて、同じような理由で適度に断ってるから、そういうキャラを演じきれていれば幸い。

 ……まぁどっちにしても、ほんと(みじ)めだよね、あたし。


「あ、あの!」


 少し遅れて球場を出たあたし達に、バニーズのレプリカユニフォームを羽織った人達が駆け寄ってきた。


「試合お疲れ様でした!」

「佳子ちゃん、初ホームランおめでとう!」

「サインお願いします!」

「ぼ、僕は握手を……」

「はい!ありがとうございます!」


 出待ちの呼びかけにすぐに応えて、佳子ちゃんは荷物を置いてサインを始める。


「お名前は?」

「あ、無しで大丈夫っす……」

「私は■■でお願いします!」


 あたしと神楽ちゃんにもサインを求められるけど、やっぱり注目の的は今日のヒーロー。色紙やユニフォーム、ボールなんかに次々とペンを走らせる。


「よ、佳子ちゃん……今日の試合最高だったよ……ぶひ……これからも応援するからね……」

「ありがとうございます!がんばります!」


 夏が近づいて、無駄な肉を溶かしたように汗にまみれた手を、佳子ちゃんはためらいなく握ってみせる。誠意を示すように、大事な仕事道具の利き手で。


「ありがとうございました!これからも頑張ってください!」

「こちらこそ、これからも応援よろしくお願いします!」


 一団が去っていくのを手を振って見送った後、佳子ちゃんはその手をじっと見つめてる。


「神楽ちゃん、逢ちゃん。ちょっとお手洗い行ってくるね」

「お、おう……」


 ずっと笑顔で対応してたけど、佳子ちゃんにもこういうとこがあるんだね。なんと言うか、ちょっと安心した。こんなこと考えるのもアレだけど。


「お待たせ」

「……佳子、その……大変だったな……」

「うん」

「最近暑くなってきたからね」

「……汗だったら別に良いんだけどね」

「え……?」

「その……ちょっと(ねば)ついてて(にお)ったから……」

「「…………」」

「じゃ、行こっか」


 ほんの一瞬だけ(かげ)った表情をすぐに戻して、佳子ちゃんは寮へ足を向ける。あたしってば、何安心してたんだか。

 せっかくの記念日にそんなことされたのに……あたしだったら蹴り上げて二度とそんな真似できないようにしてたかもしれない。佳子ちゃんには本当に頭が上がらないね。


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