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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
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第一話 月出里逢は私と出逢い、そして巣立ちを迎えた(1/4)

選手名とかは今のとこあまり気にしなくて大丈夫です。

 自分の実力を証明できる実績なんて何もない。だけど、実績のある誰かに負けないくらいの気持ちを持ってる。努力も重ねたつもりだし、他の人と比べて結構辛い経験もしたと思うけど乗り越えてきた。

 それでも、あたしはきっと今日切り捨てられる。


「さぁまもなく始まります、2017年度プロ野球ドラフト会議……」


 駅から遠い分家賃が良心的な借家で、顔の見えない男の人がテレビ越しに話し始める。使い込まれた家具が最低限揃うリビングでは、いつもなら自然とテレビに目がいくけど、今日だけは簡単にそんな気分にはなれない。


「ねーちゃん」


 弟の(じゅん)がそんなあたしの頭を真顔で撫でる。3つ年下だけど、もうすっかり少し見上げないと目線が合わなくなった。あの頃と比べて、身体も仕草も男らしくなった。

 台所からは絶えず水道の音。8つ年下の妹の(ゆい)が何も言わずに、いつものあたしの皿洗いを代わりにやってくれてる。まだまだ甘え盛りだけど、それでも可愛くて気の利く良い子。

 あたしはこれからの家族の為にも、自分の為にも、これからすぐの現実を受け容れなきゃならない。


「今年の目玉は何と言っても高校BIG5!九州二枚看板・嚆矢園(こうしえん)優勝投手の矢井場鋒(やいばきさき)と156キロ右腕の雨田司記(あまたしき)、王者・大阪桃源の4番ショート九十九旭(つくもあさひ)、山陰の無名高出身ながら世代ナンバーワン左腕と目される斉藤(さいとう)エイル、そして、史上最多の高校通算110本塁打を放った白雪譲治(しらゆきじょうじ)!」


 皮肉なことにあたしと同年代には、もう今の時点でプロに注目されるレベルの人が多い。今挙げられた5人の内の1人、九十九(つくも)くんとは実際に練習試合をやって、レベルの違いを思い知らされた。同じショートだから、尚更。


「以上の結果、九十九(つくも)選手はジェネラルズ、暮内(くれない)選手はサラマンダーズ、矢井場(やいば)選手はヴァルチャーズ、高瀬(たかせ)選手はアルバトロスが交渉権を獲得しました」

「何と12球団中10球団が高校BIG5を指名!そしてやはり110発男・白雪が一番人気!4球団競合となりました!」


 あたしは多分今まで全部ひっくるめてもそんな本数は打ってない。高校に至っては1本しか打ててない。悔しい。野球は打つのも守るのも走るのも好きだけど、一番したいのはホームランを打つことなのに。


 あたしが野球を始めたきっかけは、若王子姫子(わかおうじひめこ)さん。ビリオンズの主砲で、あたしが知る限り世界で一番ホームランを打つ姿が絵になる人。3歳の時の記憶なんてほとんど無くなってるのに、ちょうどデビューイヤーだった若王子(わかおうじ)さんの姿だけは今でも鮮明に覚えてる。

 その頃は一軍ではホームランを打ててなかった。でも二軍ではとびっきり大きな一発を放ってた。若王子さんの大きな身体がまず好きになって、あんな風になりたくてご飯をいっぱい食べた。だけど背はプロの最低限かそれ以下程度までしか伸びなかった。ご飯があまり食べられなかった時期を言い訳にする気はない。

 若王子さんが一軍に定着し始めた頃から野球を始めて、若王子さんが初めてホームラン王になった頃にあたしも初めてホームランを打てた。

 若王子さんみたいに4番サードの後にあたしの苗字が続くのにずっと憧れてた。だけど現実は、元から得意だった守るのと走るのとでどうにかレギュラーだけは守れたってとこ。

 打つ方でも活躍する方法は他にあった。だけどあたしがやりたいことからかけ離れてたから、そうはしなかった。ただただ若王子さんみたいにホームランが打ちたかった。脚があるから左打ちも勧められたけど、左だと何というかバットに神経が通らないし、若王子さんと同じ右で打ちたいってのもあってそのままにした。


「大丈夫……」


 気が付くと、皿洗いを終えた結が隣に座って、あたしの手を握ってた。


「ま、三巡目で呼ばれるくらいならこんなヤキモキはしねーよな」


 純も敢えてあたしを茶化してくる。弟と妹の為に一度野球を辞めた甲斐があった。


 だけどごめん。やっぱり無理だと思う。スカウトから声をかけられたこともないし、打つ方は本当に酷かったから。

 中学までは一応打ててたから水無月(みなつき)高に入れたけど、高校に入って急に酷くなった。監督は何故かそのままで良いからって言って、その証明としてずっとスタメンショートで使ってくれてたけど、もし守備まで酷かったら陰で監督に何かしてるって噂されてたと思う。あたし可愛いし。


「続いて、リーグ・コンサバー1位のスティングレイは第五巡選択希望選手の指名をお願いします」


 プロ志望届を出したのも、もちろんずっと夢だったプロ野球選手になる為ではあるけど、今はそれ以上に現実を直視して諦める為。余裕がないのに野球をまたやらせてくれて、それでも結果が出せなかったんだから、高校を出たら野球のことはスッパリと諦めて働きに出ようと思う。

 あたしの野球のせいで純と結にもきっといくらか我慢を強いてた部分はあったはずだから、今度はあたしが稼いで2人を大学まで行かせたい。あたしは勉強はできないけど、野球のおかげでそれなりに有名な高校に通わせてもらえた。今の時代でも何とか働き口は見つけられるはず。

 あの時、届の提出を勧めてくれた監督の為にも、届に嬉しそうにハンコを押してくれたお父さんの為にも、そこは割り切らなきゃいけないと思う。


「さて、五巡目指名までが終わり、これから六巡目に入ります」

「本指名はそろそろ締めで、育成に入っていきそうですね」


 もちろん、ここまであたしの名前はない。育成契約も残ってはいるけど、確か育成指名ってかなり年俸が安かったはず。……なんて、そんなことでどうしようかって考えちゃうくらい未練があるんだね。

 でも、それでも諦めてみせる。あたしはもう充分に楽しませてもらえた。


「第六巡選択希望選手、天王寺三条バニーズ……」




月出里逢(すだちあい)。内野手。埼玉水無月高校」




「……え?」


 あたしの名前、何だっけ……?……そうだ、月出里逢(すだちあい)。ほとんど誰も最初は読めない苗字で、高校の名前も埼玉水無月高校で、夏まで野球部でショートのレギュラーだった。


「本当に、あたし……?」

「お姉ちゃん!」

「やったじゃねーか!」


 結に抱きつかれても、どう返せば良いのかわからない。嬉しい気持ちはもちろんあるけど、「何で?」っていう気持ちの方がどうしても強い。

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