第三十一話 たまにはこんなのも(1/5)
******視点:三条菫子******
「うぉっ、アレって……」
「確かバニーズの……」
「情報科学科にいるって聞いてたが、初めて見た……」
5月末、春も終わりゆく帝大構内を歩く私を遠巻きに見る目。だけど直接話しかけられることはほとんどない。
いくら仕事の大部分を吉備達に任せてるからって、それでも仕事と両立できるのは勉強と、計画のための準備と、ほんの少しの食べ歩きの時間だけ。日本では大学の合格を目指すのが人生の山場になりがちだからこそ、偏差値の高い大学であってもいざ入学してしまえば大部分の人間がタガが外れたように達成感に酔いしれたがる。それももちろん、将来のための貴重な経験にはなると思うけど、残念ながら私にはそんな時間さえ惜しい。
「はい、お待ち」
食堂に着いたら、いつも通り食券機をパッと眺めて気分的に食べたいと思ったものを注文。シャケ丼と豚生姜焼きとチキンおろしだれとイタリアンサラダと豚汁。豚がダブったけど美味しそうだから別にいい。それにこうやって大量の料理を並べてると必然的にテーブルをより広く取るから、パーソナルスペースも確保できる。もちろん、混んでたら迷惑になるからやらないけどね。
私が高校球児止まりだったこと、それは確かに乗り越えられたわ。だけどやっぱり触れられたくはない。それならまだ、ウチの球団に興味を持ったばかりのミーハーな人間が私を単なるアイドル扱いしてくれた方が、同じ面倒でも意図した方向に商売できてる分よっぽど良い。
「お隣、よろしいですか?」
「……どうぞ」
そうそう、こういう感じの色男。私だって一応年頃の女子だから、顔の良い男が近くにいれば悪い気はしない。いるだけならね。
「有川がいつもお世話になってます、三条オーナー」
「……!貴方もしかして、梨木真守さん、ですか……?」
「ご存じとは光栄です。同じ情報科学科の3年なんですが、なかなかお話しする機会がありませんでしたね」
月出里逢から聞いてた、春季キャンプの紅白戦での、白組の外部協力者。有川理世と高校時代にバッテリーを組んで、今は私と同じ帝大通いとも聞いてたけど、直接コンタクトを取ってくるとはね。
「本日はどのようなご用向きで?」
「就活の相談ですよ」
「同じ学科の後輩にすることですか?」
「雇い主になるかも知れない相手なら別でしょう?」
「……我が球団への就職をご希望ですか?」
「ええ。もっと言えば、バニーズで要職に就くにはどうすれば良いでしょうか?」
「スパイ映画に触発された、近所の国の大統領みたいですね」
「あれと同じで『童心から球団への憧れがある』、と思っていただければ」
まぁ同じ学部レベルの人が手を貸してくれるのなら、正直助かるわね。本当なら質だけじゃなくて量も欲しいけど、今の予算で考えたら私のデジタル方面の業務を肩代わりできる人材を優先したいし。
「そうですね「では続きまして、『最先端の人』のコーナーです。本日のゲストはCODEグループ会長、梅谷本慈さんです。梅谷会長、本日はよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
「……少し待っていただいてよろしいですか?」
「ええ、僕も気になります」
食堂の大型テレビの音声に遮られて振り向くと、政財界……そして球界の大物の姿。
梅谷本慈。テレビが説明してくれた通り、日本最大手のIT企業の会長。そしてバニーズと同じリプの球団、博多CODEヴァルチャーズのオーナーでもある。リプがリコよりも実力で上回ることが多くなって、人気もそれほど大差がなくなり、そのリプで一番強い球団を潤沢な資金力で支えてるんだから、今やジェネラルズのお偉いさんと変わらないくらい、球界への影響力を持ってる。まぁ一言で言えば"商売敵の親玉"みたいな存在ね。




