第三十話 追いついてみな(7/7)
2018ファーム バニーズ3 - 5スティングレイ
4回裏 0アウト
二塁:月出里逢
○天王寺三条バニーズ
監督:旋頭真希
[先発]
1左 ■■■■[右左]
2中 ■■■■[右右]
3一 松村桐生[左左]
4指 財前明[右右]
5捕 土生和真[右右]
6右 ■■■■[右左]
7二 ■■■■[右右]
8三 ■■■■[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 山口恵人[左左]
●瀬戸内杜橋スティングレイ
監督:■■■■
[先発]
1指 ■■■■[右左]
2遊 ■■■■[右右]
3三 坂本麟太郎[右左]
4右 綿津見昴[右右]
5一 ■■■■[右右]
6中 ■■■■[右左]
7捕 ■■■■[右左]
8二 ■■■■[右右]
9左 ■■■■[右左]
投 ■■■■[右右]
一応得点圏に進めたのは良いけど……
「ストライク!バッターアウト!」
側から見れば、『価値のあるアウトを』って言いたくなるものだけど、やっぱり実際に打席に立ってる側からしたら、ちゃんと成績に残る形でアピールしたいものだよね。そのせいで二塁でまだ立ち往生なんだけど、前の紅白戦で戦犯になった時のことを思い出すと、あたしに責める資格はないって思う。
ま、もしシングルだったら結果的に『事前に三塁まで進まなくてもホームまで帰れますよ』ってアピールできるんだけどね。さっき盗塁の時もゴーサイン出してくれたし、サードコーチャーは僧頭コーチ。多分やらせてもらえるはず。
「ライト!」
「よっしゃあ!ナイバッチや■■!」
「相模の代わり見つかったわ!」
と思ってたら、ほんとにライト前。僧頭コーチも腕を回してる。正確には正面じゃないし、これなら十分……!
「三塁蹴ったぞ!」
(甘ーよ……!)
……はわっ!?
「アウトオオオオオオオ!!!」
「ウォォォォォ!流石じゃ昴ゥゥゥゥゥ!!」
「現役No.1のレーザービームなめんなや!」
出塁してから思い通りになりっぱなしで油断してた。綿津見さんのGG賞ものの守備力。そしてその最大の売りの超強肩。それでも今のあたしの脚なら間に合うと思ったけど……
「えっぐ……あの体勢から一瞬でバックホームしよった……」
「ちょうちょも普通に速かったんやけどな……」
「打つだけやなくどこまでもメスゴリラやなほんま……」
(へっ、"メスゴリラ"だぁ?みくびるんじゃねーよ。オレは"スーパーメスゴリラ"だ……!)
あの勝ち誇った表情……火織さんみたいで正直ウザイけど、肩の強さも佳子ちゃんクラス……ほんと、"超一流"は伊達じゃないね。全く。
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「アウト!ゲームセット!」
「ご覧頂きました一戦は、8-5でスティングレイの勝利となりました。本日のご観戦、誠にありがとうございました」
あの後お互いに守備のミスでポロポロ点を失い続けたけど、それでも多分地力の差が出て負け。さすが二連覇中の球団。
だけど、あたしとしては山口まで来た甲斐があった。ビジターのデビュー戦で盗塁を決められたし、それに何より、試合前のフリーバッティング……1回だけ、不思議なくらい良いスイングができた。
説明するのは難しいけど、振り下ろしたバットヘッドがフワッと勝手に持ち上がって、そこにボールが上手く乗っかった感じ。何となく、あのスイングが正解な気がする。せっかくタブレットも持ってきたけど、感覚はメモに残すのが難しい。早く大阪に帰って、あのスイングを復習したい。
「よう、逢!お疲れさん!」
「お、お疲れ様です……」
撤収中に綿津見さんに呼び止められた。体育会系の職場だから、急いでても無視できないのが面倒なとこ。憧れの人ではあるんだけど……
「この後暇か?飯行かね?奢るぜ」
「……すみません、今日中に大阪に戻らないといけなくて……新幹線も予約してて……」
「ちぇーっ……まーオレも明日から一軍だしな。しゃーねー、今夜は大人しく過ごすか」
奢りも惜しいけど、今はそれよりバッティングの復習。素振りだけならホテルで泊まりとかも良いけど、打球の飛び具合も確かめたい。
「じゃーさ、CODE交換しね?また都合付いたら遊ぼうぜ!」
「はわっ!?綿津見さんと……?」
「おうよ!嫌か?」
「いえ、嬉しいですけど……」
「おっしゃ!じゃあまずオレの方からな」
憧れのスターとの連絡先交換。確かに嬉しいけど……
「あの、綿津見さん……」
「ん?」
「あたしみたいなルーキーに声をかけてくれたのって、月出里勝の子だからですか……?」
「んー、まーぶっちゃけ半分はそうだな」
「そう、ですか……」
差し出してたスマホを、少し引っ込める。
「でももう半分は、お前自身への興味だな。オレはリコの人間だからな、妃房蜜溜にいきなり勝てるのがどれだけすげぇかはリプの連中より理解してるつもりだ。今日の練習と試合を観せてもらったけどさ、アレがまぐれかどうかはわかんなかったけど、おもしれー奴だとは思ったぜ」
「…………」
「……逢はさ、お前はこれからプロでどういう選手になりたいって思ってんだ?今みたいにショート守ってバントとか盗塁とかしてーのか?」
「いえ、ポジションでこれっていうのはないですけど……スラッガーになりたいって思ってます」
「オレくらいのか?」
「世界で、歴史上で一番です」
これだけは譲れない。あたし自身だけの望みじゃないんだから。"日本で屈指のスラッガー"の目の前であっても、『その程度じゃない』って言わなきゃいけない。
「……ガハハハハ!!!お前、ほんとおもしれーな!!」
「いけませんか?」
「全然。ますます気に入ったぜ、逢。お前、身体だけじゃなくて中身もガキンチョのままだな」
……否定できない。この前なんかも、『三日月に向かって〜』なんてキャッチフレーズで浮かれて妄想自伝を書き直しちゃったし。
「オレもそうだ。見ての通りナイスバディなクールビューティだが、中身はお前と同じガキンチョだ。オレもな、もっと上を目指してるんだ。幾重光忠。野球に関わってるお前なら当然知ってるだろ?」
「幾重さん……」
樹神さんと同じで、あれだけテレビで報道されてるんだから、野球を知らない人でも名前くらいは聞いたことがあるはず。
幾重光忠。投げれば165km/h、打てば指名打者でベストナインの超天才二刀流プレイヤー。今年からメジャーで、もう向こうでも活躍し始めてる。投打全部をひっくるめて考えれば、おそらく今の日本人選手の最高峰。日本でもう散々活躍しまくったけど、年齢は綿津見さんと同じ。
「まー打つ方は一応今のとこオレの方が多少数字は良いかもしれねーけど、多分アイツはまだ底力を隠してやがる。普通の日本人選手ってのはほとんど、メジャーに行けばそのレベルに呑まれて成績を落とすもんだが、アイツに限ってはむしろそれを刺激にしてさらに化け物になれると思う。それくらい常識が通用しねー奴なんだよ、アイツは」
「……綿津見さんも、メジャーに行くんですか?」
「アイツのこと抜きでも、世界で一番尊敬してる選手が向こうにいるしな。オレも昔はピッチャーやってたけど、そっちは今更またやってもアイツに勝つのは流石に無理だろうな。だけど、打つ方じゃ負けねー、絶対にな。まずは日本で友枝さん以上のスラッガーになって、向こうでアイツの豪速球を場外までカッ飛ばして、アイツのニヤケっ面を引きつらせてやる」
そう言って、人差し指をあたしの額に当てる。
「つまりお前は、そんなオレや光忠以上になるってわけだ。ぽっと出のルーキーが、身の程も弁えずにおもしれーこと言いやがる。ただのハッタリじゃねーんだよな?」
相変わらずのニヤケっ面だけど、醸し出される確かな威圧感。あの時の旋頭コーチ以上にビリビリとくる。
「当たり前です」
それでもあたしはまっすぐに返す。
「上等だ。まずは今のオレに追いついてみな。話はそれからだ」
「追いつきますし、追い越します」
「ガハハハハ!やってみな!やれるもんならな!」
指を引っ込めて、代わりにスマホのQRコードをあたしに向けた。
「同じガキンチョハートでも、オレはもうそれなりの有名人だ。困ったことがあったらいつでも言いな。ちったぁ役に立つかもしれねーぜ?」
「……もしお世話になったら、逆にいつかお世話しますね」
「頼もしいじゃねーの」
あたしのスマホをかざして、綿津見さんのスマホのQRコードを読み込んだ。




