第三十話 追いついてみな(5/7)
2018ファーム バニーズ2 - 0スティングレイ
1回裏攻撃終了
○天王寺三条バニーズ
監督:旋頭真希
[先発]
1左 ■■■■[右左]
2中 ■■■■[右右]
3一 松村桐生[左左]
4指 財前明[右右]
5捕 土生和真[右右]
6右 ■■■■[右左]
7二 ■■■■[右右]
8三 ■■■■[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 山口恵人[左左]
●瀬戸内杜橋スティングレイ
監督:■■■■
[先発]
1指 ■■■■[右左]
2遊 ■■■■[右右]
3三 坂本麟太郎[右左]
4右 綿津見昴[右右]
5一 ■■■■[右右]
6中 ■■■■[右左]
7捕 ■■■■[右左]
8二 ■■■■[右右]
9左 ■■■■[右左]
投 ■■■■[右右]
「アウト!」
「ナイメイナイメイ!」
(……ま、これでまた試合に出してくれるならね)
ふぅん。月出里さん、意外とバント上手いんだね。初めて見た。本当は天野さんを子供扱いできるくらいの怪力なのに、実際に試合をやってみると見た目通り?守備とバントが持ち味なんてね。
「アウト!スリーアウトチェンジ!」
2回の表もチャンスを作れたけど無得点。まぁ今日に関しては援護よりも単純に守ってくれる方がありがたい。大量点差の状況で好投してケチを付けられるよりは、程良くリードしてる今の状況の方が明らかに良いしね。
「2回の裏、スティングレイの攻撃。4番ライト、綿津見。背番号51」
「キャアアアアア昴くぅぅぅん!」
「よう戻ってきた綿津見!」
「今年もオールスター投票するからな!」
県境の町とはいえ、本来の本拠地の広島ではなく隣県の山口、それも絵に描いたような地方球場に似合わないバリバリの一軍のスター。打席に向かうだけで観客が沸き立つのも当然。
「ビビんなや山口ー!」
「恵人きゅん、頑張ってー!」
「150くらい叩き出したれー!」
(確かオレと同じ東京の子で、良いまっすぐ投げるんだよなー、噂の2年目の中卒くん。なかなか可愛いけど、オレは同い年か年上派だからなー)
ただでさえさっきの坂本さんより格上で、怪我明けと言っても、不調かどうかは必ずしもイコールじゃない。
今のおれの実力がどれだけ通じるかはわからないけど……
(むっ……!?)
「ストライーク!」
(初球から決め球のはずのサークルチェンジ……先頭打者とは言え、第一打席から本気で打ち取りにいってるわね)
(まっすぐ張ってんだけどなー……まーオレ相手にそんな馬鹿正直には来ねーか)
初球だからこそ、ストライクゾーンから逃げ切らない甘いサークルチェンジをチョイスできる。打ち損じを恐れて見逃してくれたとしても、ああやって追い込まれるまでは空振り覚悟でまっすぐヤマ張りであっても、高い確率で1球目からファーストストライクを奪える。
唯一怖いのはそれを読まれてた場合だけど、配球の読みがドンピシャで困るのは大体の球種で共通してるし、初見でいきなり捉えられるようなぬるいサークルチェンジを投げてるつもりなんかない。
「ボール!」
「ボール!」
流石に上手くはいかない、か……
(3球連続チェンジアップなんて味なことするなー。ま、そんなん引っ掛からねーけど)
やっぱり良い選球眼をしてる。
年齢が年齢でまだそこまでキャリアを積んでるわけじゃないのにこの人が"球界屈指の強打者"扱いされてるのは、このボール球スイング率の低さが主な根拠。三振の数が特別少ないわけじゃないけどその多くが見逃し三振。ともすればスイングが少なくて消極的とも言えるかもしれないけど、四球も相当な数を稼いでる。つまり、必然的に投手側も打ち取るためにより多くの球数を強いられたことが窺い知れる。
テレビでよく表示される『打率・本塁打・打点』も確かに優秀だけど、実際はそれら以外の打撃指標の価値が見直された現代でこそ評価されるタイプのスラッガー。
「ファール!」
「おっしゃ!力負けしてへんで!」
このまっすぐは通ってもらわなきゃ困る。いわゆるバッティングカウントだったけど、裏を返せばまだファールが投手にとっては有効になるカウント。あれだけサークルチェンジをジロジロ見続けたんだから、この1球くらいは差し込まれてもらわないとね。
「ボール!」
「あっちゃあ……フルカウントかぁ……」
……もどかしいね。配球に問題はなくても、実際は投手が想定通りのところに投げられることなんてそこまで多くない。よく言うストライクゾーンの二分割、四分割をそんなに容易く遵守できるわけじゃない。
「ファール!」
まずいね……フルカウントだってのに、サークルチェンジが通らない。追い込まれてる以上、まっすぐだって想定にあるはずなのに……
(山口!なんだかんだでここは二軍だ!結果ももちろん大事だが、これだけの大物に胸を借りられること自体良い経験になる!逃げてばかりじゃもったいないぞ!)
土生さんの言わんとするところはわかる。やっぱり、真っ向勝負の実力も必要だよね。
ならせめて、最速更新を狙うつもりで……!
(うほっ♪来た来た♪)
「!!?」
「うぉっ!?デケェ……!!」
「レフト!!!」
「ファール!」
「ありゃま……ちょっと慌てちまったわ」
今日最速の146、あっさり捉えられちゃったな……中学まではまっすぐにサークルチェンジを少し混ぜるだけでどんな場面でも切り抜けられてたのに、プロの舞台は本当に厳しい……
(こうなったらこれしかないか……)
残る手はインスラ……プロに入ってから覚えた、対左を強めるための球だけど……
(あ、変化球)
よし、何とか詰まった……!
「!!!……センター!!」
「はぁ!?どこまで飛ぶんだよ!!?」
「セカンド行ったぞ!」
「セーフ!」
どん詰まり……うまくいけばショートジャンプでキャッチ、そうでなくても外野の間を抜けきらないシングルくらいで済んだと思ったら、そのまま左中間フェンスダイレクト……
「おっしゃあああああ!!昴復活じゃあああああ!!!」
「今年もオールスターは昴に樽投票じゃ!」
「どうにか当てただけにしか見えんかったのに……」
「何ちゅうパワーしとるんやあのメスゴリラ……」
(まー今時のピッチャーなら持ってない方が珍しいけど、スライダーも持ってたんだなー。何かチェンジアップっぽいのが来たはずだったのに、内側に食い込んできてちょっと焦ったわ……でもま、ウェザ様の教え通りだな)
「……って誰が"メスゴリラ"やねん!」
やっぱり、まだまだ実力不足か……単純にスピード上げたりコントロール磨くだけじゃなく、投球の選択肢を増やすためにもう1つくらい球種を増やさなきゃかもね……
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「アウト!スリーアウトチェンジ!」
「ふぅ……」
「お疲れ、山口。よく投げ切ったわね」
旋頭コーチは比較的おれに優しい。だけどそれはきっとおれを特別視してるとか、そういうのじゃない。氷室さんとかと違って、まだ厳しくされるようなとこにさえ届いてないって証だと思う。
綿津見さんにツーベースを打たれた直後は運良く抑えられたけど、4回に連打とエラーが重なって5失点。前の回に土生さんのソロが出たけど、自責点だけ見ても4だから、この4回の裏にどうにかならない限りどのみち負け投手の資格を持たされたままマウンドを降りることになる。
そりゃもちろん、微妙な投球内容は覆らないし、そこまで評価に響くとは思えないけど、それでもどうせなら勝ちたいなぁ。




