第三十話 追いついてみな(4/7)
******視点:山口恵人******
『まだ今年17のおれにとってはまだまだチャンスはいくらでもある』。きっとみんなそう言うと思うし、そうやって客観視できるおれ自身もいる。
だけど、こうやって対外戦、それもビジターでアピールできる機会なんて少なくとも今の段階じゃそうそうない。一軍デビューなんて実力が伴ってさえいれば早すぎて困ることなんてないんだし、何よりもおれは伊達さんに一軍で捕ってもらう約束をしてる。だから今日はできるだけ結果にもこだわりたい。
昨日一昨日雨続きで今日は降ってないけど、それでもいつぐずり出してもおかしくない雲の模様。だから湿度も高め。投手にとってはかなり有利な状況。
だけど、最大の懸念点は……
「ウッホッホ♪ウッホッホ♪」
向こうに綿津見昴がいるってこと。球団によってはもうとっくに億単位の年俸をもらっててもおかしくないスターが楽しそうに打撃練習直後の片付けに加わってる。
「きゃっ!ご、ごめんなさい……」
「あ、すみません……」
たまたま同じボールを拾おうと手を伸ばすと触れ合った。あれ?意外と乙女なんだね……
「……なーんてな!オレも一度はこういうのやってみたかったんだよな!ガハハハハ!!」
「は、はぁ……」
下町の方とは聞いてるけど、同じ東京生まれで、同じように小さい頃からお父さんに厳しく躾けられた者同士。尊敬できる部分は多いけど、よりによってこの日にって気持ちをどうしても拭いきれないとこがある。アピールのチャンスでもあるんだけどね。
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2018ファーム バニーズvsスティングレイ
○天王寺三条バニーズ
監督:旋頭真希
[先発]
1左 ■■■■[右左]
2中 ■■■■[右右]
3一 松村桐生[左左]
4指 財前明[右右]
5捕 土生和真[右右]
6右 ■■■■[右左]
7二 ■■■■[右右]
8三 ■■■■[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 山口恵人[左左]
●瀬戸内杜橋スティングレイ
監督:■■■■
[先発]
1指 ■■■■[右左]
2遊 ■■■■[右右]
3三 坂本麟太郎[右左]
4右 綿津見昴[右右]
5一 ■■■■[右右]
6中 ■■■■[右左]
7捕 ■■■■[右左]
8二 ■■■■[右右]
9左 ■■■■[右左]
投 ■■■■[右右]
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「3番ファースト、松村。背番号4」
「おっしゃあ!チャンスやぞ松村!」
フォアボールとヒットでいきなりノーアウト一三塁。統計的には得点の期待値も確率も高い状況。そこで松村さんなんだから、本来なら安心できる状況なんだけど……
「アウト!」
「おいィ!?何でそんな球手出すねん!!?」
松村さんは元々、早打ちではあるけど選球眼が悪いわけじゃない。本来ならあからさまなボール球はちゃんと見逃すし、スイングを止める技術も、どうしてもの時はファールで逃げる技術だって持ってる。特別交友はないけど、それでも去年一緒にこの球団に入った者同士だから、その辺はわかってる。去年高卒ルーキーながら3割近い打率と10本近いホームラン、OPSも.800近くで、実力の高さを数字でも証明した。
だからこそ、今の松村さんの不調ぶりがよくわかる。高めストレートに手を出してポップフライ。ベンチに戻ってからも、一見すると冷静にベンチに座ってグラウンドの方を観てるけど、よく見ると左脚を揺すらせてる。さすがも松村さんでも焦るよね……
「センター!」
「よっしゃあ!ナイバッチや!」
「こういうのでいいんだよこういうので」
「オラァ■■!何芋引いとるんじゃ!」
「ストライク投げんかいストライク!」
「シゴウしたるぞワレ!」
財前さんのツーベースで初回から2点先制……やっぱ打つ方では頼りになる人だね。見習いたくはないけど。
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「ストライク!バッターアウト!」
「ツーアウトツーアウト!」
「ええでええで!」
「今日の恵人きゅん、コントロール良いわね」
予想通り、おれの方は上々の立ち上がり。大体練習通りのとこに球がいってるし、何より程良く湿ってるおかげで指の掛かりが良い。ただでさえスティングレイ相手で、クリーンナップには役者が揃ってるから助かるね。
「3番サード、坂本。背番号63」
今日の相手打線の一番の要注意人物は言うまでもなく綿津見昴だけど、それに次ぐのがこの坂本麟太郎。一軍ではまだ規定打席に到達したことはないけど、それでも1年目、2年目と安定してOPS.700以上をマークしてるプロスペクト候補の1人。
「ストライーク!」
だけどそんな人がここにいる理由は限られてる。単純に松村さんと同じで、調子が悪いから。
「ボール!」
「ファール!」
「ファール!」
おかげで割と楽に戦えるね。バッティングスタイルも松村さんと似てて、世間でよく"天才"と表現される、良くも悪くもバットコントロールが良すぎるタイプ。こういうタイプは乗ってる時は明らかなボール球でもヒットとか、酷い時にはホームランにまでしてくる、本当にピッチャー泣かせの存在になるんだけど、調子が悪い時ならファールで簡単にカウントを整えられる。
「ショート!」
「アウト!スリーアウトチェンジ!」
「己……何でそんなん手出すんじゃ……」
さっきの外スラも良い時なら逆方向の長打にでもされたかもしれないけど、今の調子なら余裕で月出里さんの守備範囲。
1回の内容はおれ自身でも花丸の内容だね。単純に幸先が良いってのもあるし……
「ちぇーっ、出てくれよなー麟……」
次の回は一番厄介な打者と確実にランナーなしで勝負できるからね。
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