第三十話 追いついてみな(3/7)
******視点:綿津見昴******
テレビでよく観るプロのアスリートとかって、試合前に何か意識の高そうなことしてるイメージがあるけど、オレはそんなんは別に無ー。本当に強いて言うなら、『野球を楽しむ心をいつでも忘れないこと』。
起きて飯食って練習して試合して、飯食ってお風呂入って屁こいて寝る。そしてたまに彼氏とデート。そんな当たり前な時間の中で野球を楽しめればそれで良いじゃん。何か野球のためだけの特別なことを試合のたびにわざわざ毎回やるのって、ガキの頃にオヤジにしごかれてたのみたいで、野球をやるのが却って嫌になりそうだしな。実際、中学の時にマジで一度だけ本気で野球やめようってなったことあるし。
やっぱ人間、いつでも自然体でいるのが一番だよな。練習なんて普段腐るほどやってるんだし、それを活かしてやれるのは最後は自分だけなんだから、堂々としてりゃ良い。怪我明けでなくても、こうやって球場の空気を吸えるだけでも嬉しいって気持ちを、婆ちゃんになっても忘れたくねぇな。
というわけで、飯をすぐに済ませて球場へ戻ってきた。おかげでちょうどあの逢って子がスタッフさんに投げてもらう番に間に合った。
「とりあえずストレートお願いします!」
いきなり妃房蜜溜に勝った噂の無名ルーキーちゃん、やーっぱとんでもねーサラブレッドだったな。身体はウチの千石さんとかよりも小せーけど、見た目通りとは思わねー方がいーだろーな。
「あぅぅ……」
「おいィ!?しっかりせーや!」
「バッピ打てんで試合で打てんのかー!?」
とは言え、今まで無名でいただけあって、まだまだ荒いみてーだな。振りは鋭い。フォームも打ち始めの頃はそれなりにちゃんとしてたけど、どんどん崩れていってどんどん当たりもしょぼくなっていく。空振りは一つもねーけど、これじゃ元ピッチャーから言わせてもらえば怖くも何ともねーな。
「か、カーブお願いします!」
あの時のエグい打球を見た限りでも、少なくともお袋さんのフィジカルは活かせるだろーが、格闘技でのサラブレッドが野球でのサラブレッドに果たしてなり得るのか……
「!!?」
「ヒエッ……」
「な、なんじゃあのチビ……!?」
「どこまで飛んでったんや……!!?」
ショボい打球続きだったのに、いきなり目が覚めるような一発。柵越えどころかスタンドの外れにポツンとあるトイレ近くまで飛んでった。あそこ穴場なんだよなー。下積みの頃は朝早出した時にこっそりう○ちするのに重宝してたわ。
(今の感覚……)
……ま、月出里勝を応援してたのは割とマジな話。『野球』っていう方法でも良いから、あの人の意志と力をちゃんと形にしてくれよ?
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******視点:秋崎佳子******
「…………」
「さっさと食えよー」
かれこれ10分ほど、司記くんがお皿の上のピーマンと睨めっこしてる。もう食べ終わった神楽ちゃんはスマホをいじってるけど、こうやって司記くんのために待てるようになっただけでも、3ヶ月以上の付き合いも身を結んでるように思う。
勉強嫌いのわたしでも、食べることがスポーツにとってどれだけ大事かは理解してる。やっぱり少しでも多く良い選手を育てたいからか、寮でもいつもプロの栄養士さんが美味しくて身体に良さそうなご飯をいっぱい出してくれる。でも、それでも苦手なものは苦手だよね。
「……!うぐっ……」
「お、いったか」
噛む回数を少しでも減らすためか、ピーマンを口に入れてすぐに水を流し込む。でも、苦手なものを食べるくらいならまだ良いよね。これからあったかくなっていったら、ご飯自体なかなか喉を通らなくなるし。
「ところで神楽ちゃん、最近よくスマホいじってるよね。SNSでも始めたの?」
「んーや。投資関係で色々とな」
「投資?株でもやってるのか?」
「株もやってるし、NISAとか暗号資産とかもな。始めたばっかだからちょろっとずつだけど」
「な、なんか難しそうだね……」
「あっしだってまだあんまり理解できてねーな。今は売り買いとかよりも色々調べてる方が多いくらいだし。でもこれから先どうなるかもわかんねーし、ある程度まとまった金が入る内に色々保険かけときたいからな」
「なかなか堅実じゃないか。実家が安泰だって言うのに」
「お前んちほどじゃねーし、すぐ実家に頼るのは良くないだろ、マザコンくん?」
「だ……誰がマザコンだ!?」
「悔しかったらピーマンちゃんとよく噛んで食えるようになれ、お子ちゃま舌め」
そっか……確かにそうだよね。今はこうやってご飯食べて練習してればそれなりのお金をもらえる立場だし、うまくいけば年に何千万、何億ってお金をもらえる立場になれる。だけどそんな人は一握りで、働けるのもせいぜい40くらいまで。もっと多くの人が、30前にはこの舞台から離れる。
正直、ずっとスポーツばっかりしてたわたしだけど、もし野球でうまくいかなかったらどうなるんだろ?どこかで働かせてくれるかな……?
「……そういやそろそろ向こう試合始まる頃か?」
「だな。ボクらもそろそろ出るか」
「うん……」
ドラフトの順位ではわたしの方が上だとしても、ずっとピッチャーやってたわたしと違って、ずっと内野をやってた逢ちゃんが先に二軍の遠征デビューするのはおかしくない話。わたしも、野球も野球以外ももっと頑張らなきゃなぁ。
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