第三十話 追いついてみな(2/7)
「うぉぉ……」
「流石じゃ昴!よう帰ってきたのう!」
プロに入って、特にこの目で直接見てみたいと思ってた内の1人が、まさに目の前でフリーバッティング中。日本のプロ野球選手としてはごく標準的な身長だけど、ユニフォームの上からでも豊富な筋肉量が見て取れるから、実際の数字以上に大きく見える。そんな身体から繰り出される、他の人達とは明らかに質が違う打球に、GWを利用して大阪から来たのであろうウチのファンが驚嘆し、向こうのファンが満足げに首を縦に振ってる。
綿津見昴。まだ20代前半にも関わらず、王者・スティングレイの不動の4番ライト。
2年連続で3割25本とベストナインを継続中で、去年はOPSでもリコ1位。極端に突出した数字はないけど、高打率・高出塁率を兼ね揃えてて、速球に強く、広角に長打を狙える、現代のスラッガーとして理想的なタイプ。年齢に見合わない完成度の高さから、もうすでに"日本球界で現役最強の右打者"と評価する人もいるくらいで、守備・走塁にも長けてる天才野手。
ここ最近はスラッガーも右投げ左打ちの人だらけだから、同じ右打ちとしてあたしも綿津見さんのプレー動画を参考にすることは多い。
若王子さんほどではないけど、それでもプロになったら会ってみたいと思ってた。若王子さんももう結構な歳だし、"次の世代を担いうるスラッガー"ということで、高校の頃から若王子さんとは違った意味で綿津見さんにも憧れてた。
あたしは高校に入ってからホームランが打てなくて、だから『無理せず打てる球を打とう』ってのを口実にせめて四球だけでも稼ごうってなってたから、あたしの中では若王子さんは"高嶺の花"、綿津見さんは"お手本"みたいな、そんな感じの位置付け。
「オッケーイ!お疲れ!」
ホーム側のバッティング練習が終わったみたいだから、次はこっち側の番。そばに置いてたバットとかを持ってグラウンドに入る。
「よう、そこの可愛い子ちゃん!ちょっと良いか?」
「はわっ!?な、何でしょうか……?」
撤収中の綿津見さんに声をかけられた。会いたいとは思ってたけど、まさか向こうから話しかけてくるとは。
「お前のオヤジさんとお袋さんってさ、もしかして月出里勝と仁王牡丹か?」
「え……?はい、そうですけど……」
「やっぱりな。お袋さんにすげー似てるわけだ」
「よく言われます。あたしの方が可愛いですけど」
「ガハハハハ!お前、おもしれーな!」
ごつい身体で、顔立ちはちょっと男の人寄りの凛々しい感じだけど、それ以外は本当に女の人らしい見た目の綺麗な人なのに、笑い方が妙におっさんくさい。陽気な人ってのは知ってたけど、見た目とのギャップがすごい。
「というかウチの両親のこと知ってるんですか?」
「まーな!オレ実は格闘技結構好きでさー、中学の時なんか野球やめて格闘技やろうって本気で考えてたくらいなんだよなー……ま、結局やめなかったからここにいるんだけどな!ガハハハハ!」
世間では"天才"扱いされてても、実際は小さい頃から昭和のスポ根漫画みたいに練習漬けの"努力家"らしいけど、そんな人が格闘技も知ってるなんて意外。しかもお母さんの顔や旧姓まで知ってる上に、そこからお父さんまで割り出せるくらいだから、かなり詳しいね。
「……オヤジさん達、もう大丈夫なのか?」
「安月給ですけど、どっちもちゃんと働けてますよ」
「そっか……ならよかった。オレ、実はお前のオヤジさんのファンだったからさ……」
さっきまでと打って変わって、本気で安堵してる感じ。
「ちくしょう!何でオレじゃなくて牡丹さんなんだよ!?オレの方が可愛いだろうが!!まだ24でピッチピチやぞ!!」
……もしかしてこの人、あたしと同類なのかな?まぁウチのお父さんとお母さんの過去に触れる人なんて今までクソなのばっかだったから、こういう人なら別に良いや。
「おっと、すまねー。挨拶が遅れたな。まー知ってると思うけど、オレは綿津見昴。"すばるん"と呼んでくれ」
また急に真面目な顔。でも相変わらずおちゃらけ混じり。
「月出里逢です。よろしくお願いします」
それでも、求められた握手に応えてみせた。
「逢か……うん、良い名前だ!今日は良い試合にしようぜ!ガハハハハ!!」
そう言って、あたしの頭を撫でて爽やかにその場を去る。ほんと、性格も性別も掴みどころのない人だね。
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