第二十九話 三日月に向かって、三日月を描くように(2/3)
「ヒッチをするメリットは、まずヘッドの軌道を伸ばせること。ヘッドの軌道が伸びればその分スイングを加速させる時間が稼げる。そして、スイングの始動に入る際に身体が動いてる状態でナチュラルに入れることね。それともう1つ注目して欲しいのは、腰の回転を可能な限り遅らせはするけど、その間完全にグリップを引いたままにするわけじゃないの。簡単に言うと、動かす順番は『脚→手→腰→手』って感じね」
「下から順に『脚→腰→手』じゃなく……」
「腰を手より先に動かすってことは、そのグリップの位置からミートポイントまで一直線にバットが出てしまうことになるの。そうなってくると、普通はスイングの軌道がいわゆるダウンスイングになっちゃうのよ」
「ダウンスイングって、打球に角度が付けられないですね……」
「それもあるけど、ダウンスイングの難点は他にもスイングの軌道自体が短くなる分、身体の開きも早くなりがちなのと、バットの軌道と腰の回転の向きが噛み合わないからパワーロスが生じるのと、投球の軌道に対してバットを入れられないってのもあるわね」
「投球の軌道に対して……?」
そう聞くと、振旗コーチはピッチングの動作を見せる。
「旋頭にもこの前教わったと思うけど、アンダースローのピッチャーが高めとかに投げ込まない限りは、投球の軌道はどれも上から下。伸びの良いまっすぐであろうが、重力の関係で多少は落ちる。基本的にピッチャーのリリースポイントってのはバッターのストライクゾーンよりも高いはずだしね。それに対して上から下にバットを振り下ろしても、タイミングとミートポイントが一致しない限り当てることができない。だけど投球軌道に対して平行にバットを入れることができれば、多少タイミングがずれても当てることができる」
「上から下に対してなら……こんな感じでアッパースイングですか?」
「スイングの軌道だけで見ればそうなるわね。ただ、投球の軌道に対しては水平……つまりはレベルスイングになってるわよね?」
「あ……確かに」
「『レベルスイング』ってよく聞くと思うけど、あれは別に『地面に対して水平』って意味じゃないの。大事なのは『投球の軌道に対して水平』かどうか。同じように、『アッパースイング』ってのも『投球の軌道に対して下から上に入る』もの。それじゃ、そろそろ具体的な動きを見ていきましょうか」
構えて前脚を挙げたところから説明スタート。
「後脚股関節に体重を乗せたまま前脚を前の方に着地させて、そこから腰を入れる動作が入るのは覚えてるわよね?こうすると身体の軸が後脚側から前脚側に切り替わるわけだけど、軸になる前脚って、地面に対してキャッチャー側に傾いてるわよね?こうなると自分自身はそのままのつもりでも肩も一緒に傾いて、グリップの位置も自然と下がる。この状態でバットを投球軌道に入れつつ腰の回転に従ってスイングすると、はたから見れば地面に対して水平にスイングしてるように見えるかしら?」
「アッパーに見えますね……」
「そう。つまり、投球軌道に対しては水平に振れるってこと。下半身の使い方でやった腰を入れる動作っていうのは、こうやって投球の軌道、スイングの軌道、そして肩や腰の横のラインも全て平行に近づけることで、捉えられるポイントを広げて、角度を付けつつ腰の回転の力を生かした強い打球を飛ばせるようにできる。グリップが自然に下がるのも、スイングの前にバットの軌道を入れるための一助になる」
もう一度さっきの体勢に戻る。
「さっき言った『脚→手→腰→手』っていうのは、まず最初の『手』のところで腰を入れつつバットを投球軌道に入れる。イメージとしてはこの段階ではまだ身体を開かず、手首をそのまま残しながら肘を斜めに振り下ろすような感じね。そこから『腰』。そして後脚の内旋によって割れが生じた瞬間に『手』。振り下ろした腕を今度はカチ上げて、腰の回転とスイングを掛け合わせてパワーを爆発させ、インパクトの瞬間に手首を返す感覚でフォロースルーして最後の一押し」
「……こんな感じですか?」
肘を振り下ろして、後脚を内側に捻って、腰の回転にスイングを上乗せ……
「大体そんな感じ。あらかじめトップハンド側の脇を開けてたのも、この関係。バットを投球軌道に入れるため。最初から締めてると、バットを入れられる角度に制限がかかるし、肘を振り下ろす時の加速を加えられない。そして、スイングの時に脇を締めること自体にもちゃんと意味があるのよ」
「やってみると結構窮屈なんですけど……」
「確かにただ自然とバットを振ろうとするだけなら、脇なんて締めずにこうやって腕とか手首とかだけで振った方が楽で良いわよね。だけど、こんな感じで脇を締めずに必要以上に腰の回転の軸からバットヘッドを遠ざけちゃうと、スイングの軌道も必要以上に長くなってしまうし、身体の軸のパワーをヘッドに伝えるのも難しくなってしまう。しかもいわゆるドアスイングになって、当てられる確率も下がる」
ティースタンドにボールを置いて、スイングの始動の動作。
「ドアスイングだとこんな感じでボールの外側を打つ感じになっちゃうんだけど、こうなった場合は手首が早い段階で返っちゃってるから、投球を引きつけきれなくなって、結果的に対応の幅が狭くなってしまう。だからこうやって脇を締めて、手首を返すのもギリギリまで我慢をすれば、その分対応できる幅も広がる。バットの円運動を可能な限り抑えられるから、振りが鋭くなるし、投球を点ではなく面で捉えやすくなる。こうやってバットを内側から外に出すスイングを、『インサイドアウト』って言うのよ」
「内側から外側へ……」
「この時、重要なのは手首の絞り具合ね。こうやってスイング前にトップハンド側の脇を締めた状態で手首をさらに絞ると、肘が胸の前までねじれちゃうわよね?逆に手首を緩めると、脇が開いてしまう。脇が程よく締まってないと、腰の回転のエネルギーをヘッドに伝えにくくなるし、インパクトの際にヘッド負けも起こりうる。そしてボトムハンド側も程よく手首を絞ってないと、脇の開きすぎ締まりすぎで最後の手首の返しがうまくいかない。目安としては指の関節がちょうどピタッと噛み合うくらいだけど、大事なのは『脇が程よく締まって、それていてスイング軌道がブレずに綺麗に手首が返ること』よ」




