第二十八話 天敵(8/8)
******視点:旋頭真希******
「ゲームセット!」
「ご覧頂きました一戦は、8-9でバニーズの勝利となりました。本日のご観戦、誠にありがとうございました」
序盤の投手戦が嘘のように、中盤からは試合が荒れた。ただでさえ勝ち負けを気にするものじゃないし、勝った喜びなんかより反省すべきところがだいぶ多い。
「……ふぅ」
雨田はまだ比較的マシな方。6回3失点。四球で出した直後に失投をスタンドに叩き込まれたのと、四球で出したランナーを二軍特有のグダグダな守備で帰された感じ。相手にやられたというより、大体が自滅ね。
(低めにも良いのがあまり決まらなかったし、まだまだ感覚が掴めそうもないな……)
簡単にクリアできる課題ではないけど、本人がちゃんとそれを自覚した上で前向きに取り組めてるんだから、そこまで悲観的に捉える必要はないわね。
「はぁ〜〜〜……」
夏樹は投球スタイル以前に、単純な力量不足ね。右の代打攻勢にやられて1回2失点。小細工を弄するのも立派な戦術だけど、それなりに恵まれた体格を活かすことなく現状に満足してるようじゃ前進はない。元々の力量で雨田より劣る分、より一層の努力が必要ね。
「え、えっと……」
高卒組で一番結果が出せたのは秋崎ね。第一打席も惜しかったし、対外戦で初めてのクリーンヒットと内野安打とエラーで3出塁。守備もファインプレーの機会はなかったけど、それでも乱打戦の中それなりの数の守備機会を全て堅実にこなしてみせた。
ただ、僧頭コーチが言ってた通り、堅実なのはプレーが丁寧だからではなく、一歩目の判断に思いっきりがないから。あれだけの乱打戦だったんだから、むしろファインプレーの機会がなかったってことが課題と言えるでしょうね。とりあえず生きた打球を捕り続ければ、次第に改善されるとは思うけど……
(高座さん、同じセンターだったけど凄かったなぁ……わたしもあんな風に守れたらなぁ……)
そして、そこまで結果は悪くないけど一番重症なのが……
「ひぐっ……ぐすっ……」
ベンチ裏で隠れて泣いてる月出里。四球とエラー以外は全部凡退はまぁいつも通りだけど、この子の空振り三振なんて初めて見たわ。それも、全く同じ球を3つ続けられて、当てることさえできずに三球三振。投手と打者の勝負においては完全なる敗北。よほどショックだったのか、直後の回にエラーしてたしね。
正直私も、たった打者一巡分の投球をベンチ視点で見た程度じゃ、ああなった理由は皆目見当がつかないわ。この子に限らず、他の打者も軒並み打ち損じてたのもね。
何にしても、期待のスラッガー候補だったはずのルーキーを先発投手として起用なんて明らかにイレギュラーな事態。対策を立てるためにも、柳監督と三条オーナーに報告しなきゃいけないわね。
「行こ、逢ちゃん」
「……うん」
まぁ今後も基本は練習漬けだけど、そればっかりでできたような気になられても困るから、こうやってたまに凹ませてあげるわ。
人間はどこかで必ず失敗してしまうもの。一軍と二軍はレベルが違うけど、失敗できるという点ではどっちも変わらない。全部は無理でも、こうやって燻ってる間に失敗はできるだけ搾り出してしまいなさい。それが貴方達全員に共通してる課題よ。
******視点:岡正昇******
「おおおおお岡正しゃん!」
「どうだったぁ、葵ちゃぁん?」
「……合格!合格です!ウェヒヒヒ……!!」
ウフフ……こんなにはしゃいでる葵ちゃぁんは初めてねぇ。
・
・
・
・
・
・
『良いピッチングだった。1球団相手で3回では少しデータが足りないが、それでも想定通りの結果だ。今日はゆっくり休んで、明日先に船橋 (※アルバトロスの二軍本拠地)に戻ると良い。今後もピッチング練習をメインにできるよう、上には俺から報告しておこう』
『あ……ありがとうございます!!!』
・
・
・
・
・
・
「あの、岡正さん!今日は本当にありがとうございました!」
「なぁに、どうしたのよぉ改まっちゃって」
「今日だけじゃありません……こうやってピッチャーをやれるチャンスを掴めたのは、岡正さんのおかげです!」
「ウフフ……やぁねぇ。ハゲだけにちょっと励ましただけよぉ」
アイシングで大袈裟にぐるぐる巻いてない左肩に手を乗せる。
「アナタはね、まだピッチャーとしてスタートラインに立ったばかり。むしろ野手として指名された分、多少は出遅れたところはあると思うわ。だけど、アナタは今日、ウチの偉い人達に"エースとしての鹿籠葵"という可能性を示したのよ。そしてこういうご時世だから、こんなセンセーショナルな話題はきっとネットとかでも持ちきりになるわ。それはつまり、アナタはもうプロ野球選手として、『色んな人達に夢を持たせる』っていう仕事をこなせてるってことなのよ」
「ウェヒッ!?……わたしが……」
「もちろん、このままで終わっちゃえばただの"時の人"止まりだけど、そんなことはないでしょ?」
「は、はい!わたし、これからも頑張ります!!」
「その意気よぉ、葵ちゃぁん。期待してるからねぇ」
単にはっきりものを言えないだけかもしれないけど、球も心もほんとにまっすぐな子ねぇ。こういう子こそ、キャッチャーとして支えがいがあるわぁ。
……アタシも、プロに入るまでは結構やれてたんだけどねぇ。『打てばスイッチ、走れて、守っても万能』って謳い文句で東京六大学でもブイブイ言わせてたんだけど、プロではただの半端者。キャッチャーという専門性の強いポジションをやってて、何でも最低限はこなせるから、"二軍の試合回し要員"として今まで重宝されてきた。それだけでも、アタシは恵まれてる。細々とではあるけど、『野球で飯を食う』というプロ野球選手としての最低限はこなせてきたんだからねぇ。
だけど、アタシももう34。具体的にいつになるかは流石にわからないけど、ドラフト戦略的にキャッチャーを補強する時期が来たら、アタシは間違いなく肩を叩かれるでしょうねぇ。
それでもアタシは10年以上、プロの舞台で戦ってきたんだから、最低限の自己満足だけじゃなく、最後にアタシがここにいた証を1つくらいは残したいのよねぇ。
元々選手個人としてすごい数字を作れる力がなくて、二軍が定位置で、しかも歳を取っちゃったアタシにできるのなんて、『アタシが二軍で受けたピッチャーに、アタシがなれなかったスターに1人でも多くなってもらうこと』くらいだけど。
正直に言えば、引退後の再就職のアピールも兼ねてはいるんだけどねぇ。
だけど、プロ野球はただ一流の選手が華々しく活躍するだけが全てじゃない。二流以下の選手のアシストや、監督やコーチ、スタッフとかの裏方の支えがあってこそ強いチームが作れる。そういうのも醍醐味の1つ。だから、アタシみたいな立場の選手にしか見えない景色だってある。そしてそういうのだってチームの支えになるんだってことを、最後の最後に証明したい。
ずっと憧れてたプロ野球なんだから、それが蠱毒みたいなむごいものじゃなくもっと夢のあるものなんだって次代の子達に伝えるのは、アタシみたいな立場こそがふさわしいって、それくらいは意地を張らせてほしいのよねぇ。
……それにしても、あの子はどうやって、葵ちゃぁんが普通じゃないことに気付けたのかしらね?プロの目すらも欺いて、最新機器で分析してようやく見つけられた葵ちゃぁんのピッチャーとしての類稀な才能……それをあの子は、流石にその詳細までは掴めてないと思うけど、存在だけは見破ってたように見えた。
まっすぐに当たることより、空振ることの方が怖いなんて、キャッチャーとしてなかなかできる体験じゃないわね。葵ちゃぁんはとんでもない天才だと思うけど、あの子もひょっとしたら……ね。
******視点:月出里逢******
「……月出里」
「ん?」
「その……鹿籠のまっすぐはそんなに凄かったのか?」
「……ある意味、三条オーナーとか妃房さん以上ね」
「そう、か……」
「どうしたの?」
「いや、キミから三球三振なんて、先を越されたと思ってね……」
雨田くんの言わんとするところはわかる。自分より15km/hは遅い球に、何であっさり打ち取られたんだってね。そんなの、あたしが知りたいよ。
……ただ言えるのは、思い描いたイメージと全然違ってたってこと。その投げ方ならそこに来るはずの球がそこに来なかった。あんなの初めてだよ。あんな気持ち悪い球、どうやって打てば良いんだろ……?
・
・
・
・
・
・
後にあたしの世代には、あたしも含めて、球史に名を残すほどのスターが数多く生まれた。
鹿籠葵さんもその1人。あたしの一番のライバルは別の人だけど、あたしにとって一番の天敵となる人が鹿籠さん。そして、あたしの世代でNo.1のエースになるのも鹿籠さん。あの人には本当に苦労させられた。
でもあの人がいたから、あたしは誰も辿り着けなかった場所に辿り着けたんだと思う。