第二十八話 天敵(7/8)
2018ファーム バニーズ 0-0 アルバトロス
3回裏 2アウト
打席:月出里逢
○天王寺三条バニーズ
監督:旋頭真希
[先発]
1左 ■■■■[右左]
2二 桜井鞠[右右]
3一 ■■■■[右左]
4指 財前明[右右]
5捕 土生和真[右右]
6右 ■■■■[右左]
7三 ■■■■[右右]
8中 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 雨田司記[右右]
●美浜ブッフアルバトロス
監督:■■■■
[先発]
1中 高座愛生[右右]
2三 ■■■■[右左]
3二 ■■■■[右右]
4右 ■■■■[左左]
5一 ■■■■[左左]
6左 ■■■■[右左]
7指 ■■■■[右左]
8遊 ■■■■[右右]
9捕 岡正昇[右両]
投 鹿籠葵[右左]
未練を捨てるために、入団直前まで自主練で『これで最後』って気持ちでピッチング練習もして、あえてずっと使ってたピッチャー用のグローブは持ち込まずに入寮した。
それくらいの覚悟を持って入団したアルバトロスは、ちょうど球団改革の真っ只中だった。リプでずっと強いヴァルチャーズに勝つために、ヴァルチャーズのコーチとかパソコンに強い人とかを引き抜いて、見たこともないような難しい機械をたくさん沖縄のキャンプに持ってきてた。
「うーん、思ってたよりも普通だなぁ……」
「まぁ良いんじゃないですか?ウチは投手陣は割と自慢ですし。シンプルに強くて良いじゃないですか」
今でも難しい機械のことはあんまりよくわからないけど、その時使ってたのは、ピッチャーの球速だけじゃなく回転数とか変化した量とかリリースポイントとか、そういうのも測れるものだったらしい。
「あ、そういや鹿籠ってピッチャーもやってたんだよな?」
「ひゃっ!!?ひゃい!そそそその、一応高校でもピッチャーを……ウェヒヒ……」
「試しにコイツのデータも取ってみるか」
「そうですね。モデルデータが多い方が比較もしやすいですし」
そんななりゆきで、わたしはサード用のグローブをはめたままマウンドに立った。プロの舞台で、試合じゃないとは言えこうやって投げる機会がこんなあっさり巡ってくるなんて、全く思ってなかった。
「どうだ?肩作れたか?」
「ふぇい!だだだ大丈夫れしゅ!!」
『もしかしたら』なんて気持ちも実はあった。だからわたしは、本気で投げた。実戦感覚に入るためにわざわざバッターボックスに立ってもらって、ずっと磨き続けたストレートを、スライダーを、ツーシームを、たまにしか使わないカーブとフォークも。必死なわたしを見る目はどれも冷ややかだったけど、最後まで全力を尽くした。
「な……!?」
「何じゃこりゃ……!?」
わたしのピッチングを『野手ならこんなもんだな』と言わんばかりに見てたコーチやスタッフさんが、パソコンの画面を見た途端に目を見開いてた。ピッチング練習はしてたけど、球速アップのために何かしたとかはない。それまでのわたしを振り返るためにやってたことだから、"エースとしての鹿籠葵"は高校の時から何も変わってない。
なのにそんなに驚かれるのは、不思議で仕方がなかった。
「鹿籠、お前……ピッチャーやってみないか?」
「え……!?」
あの計測の後、一軍の方の監督に呼び出されたらこれだった。
「ただ……お前のピッチャーとしての才能は魅力的だが、この起用はチーム全体の編成計画を大きく変えることになってしまう。どのみち『スラッガーの育成』が我がチームの課題であることに変わりはないからな。よって、お前には野手としての練習もしばらく継続してもらう。もしかしたら幾重光忠のような二刀流起用という可能性も生まれてくるかもしれんしな。高卒間もないお前には荷が重いかもしれんが、投手として生きたいと言うのなら、ファームでも早い段階で相応の結果を出してもらう。できるか?」
もちろん、返事は決まってた。
「……ッ!は、はい!やりましゅ!やらせてください!!」
周りに望まれてピッチャーをやれるのがプロに入ってからなんて、きっとわたしと同じ境遇の人はそんなにいないと思う。それに、ピッチャーとしてのわたしを実質初めて認めてくれたのは、人ではなく機械。結局それも周りに流された結果と言えるかもしれないけど、それでもわたしはこのチャンスをものにしたい。
「鹿籠。チーム内で通用してる以上、お前の球にはそれなりの信頼を寄せられる……が、問題はお前自身が信頼に値するかだ。今度のバニーズとのカードの1戦目、3回を預けよう。その結果次第では、残り2試合をサードか代打で出てもらう……その意味がわかるな?」
「……はい!」
二軍監督との、今日の試合での約束。信頼のプラスとマイナスが大きい大事な試合になってしまった。
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ピッチャーじゃなくて野手がメインだった時期の方が長いけど、それでもピッチャーの練習はずっと欠かさなかった。流王フィオナさんに憧れて、色んな変化球を投げられるようになりたいって思った時期もあったけど、それでも結局、わたしは最後にはまっすぐが一番好きに落ち着いた。
自分の意見をはっきり言えない情けないわたしだけど、スピードだって大したことないわたしだけど、ピッチングだけは誰よりもまっすぐで真っ向勝負でありたい。誰よりも速くて、誰よりもまっすぐな最高のストレートをいつか投げてみたい。
だから、ごめんなさい。さっき親切にしてくれた人だけど、最後のワンナウト、取らせてもらいます……!
「ストライクスリー!バッターアウト!」
わたしはまだまだ、ピッチャーでありたいから。
「スリーアウトチェンジ!」
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