第二十八話 天敵(6/8)
2018ファーム バニーズ 0-0 アルバトロス
1回裏 攻撃終了
○天王寺三条バニーズ
監督:旋頭真希
[先発]
1左 ■■■■[右左]
2二 桜井鞠[右右]
3一 ■■■■[右左]
4指 財前明[右右]
5捕 土生和真[右右]
6右 ■■■■[右左]
7三 ■■■■[右右]
8中 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 雨田司記[右右]
●美浜ブッフアルバトロス
監督:■■■■
[先発]
1中 高座愛生[右右]
2三 ■■■■[右左]
3二 ■■■■[右右]
4右 ■■■■[左左]
5一 ■■■■[左左]
6左 ■■■■[右左]
7指 ■■■■[右左]
8遊 ■■■■[右右]
9捕 岡正昇[右両]
投 鹿籠葵[右左]
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******視点:月出里逢******
あの高座さんって人の第二打席は、若干右中間寄りのライト前シングルのはずだったのに一気に二塁まで突っ込んでツーベース。眠そうな目をしてるのに、動きが俊敏すぎる。まるで忍者だね。でも幸い、2アウトランナーなしだったから、そこまで痛手にはならず。
「アウト!スリーアウトチェンジ!」
雨田くんが良い感じに抑えてくれてるから、高座さんがやりたい放題してるのを除けば、ここまで特に大きな動きはなし。
……でも、だからこそちょっとおかしい。
「3回の裏、バニーズの攻撃。7番ライト、■■。背番号■■」
「アウト!」
「おォい!ええ加減マシな打球飛ばせやー!!」
また……ウチの打線は、ここまで財前がサードゴロを打ったのを除けば、全部右方向への凡打。無駄なボール球が少ないし、制球に関してだけは鹿籠さんの方が上かもしれないけど、それでも全体的な力量で言えば、明らかに雨田くんの方が上のはず。
こっちの打線だって強力なわけじゃない。たまに投げるスライダーとかシュートは良い感じのコースにいってるってのもある。でもまっすぐがほとんどのピッチングで、そのまっすぐの空振りは1つもないのに、まともな当たりがファールですら1つもないのは何かおかしい気がする。
「ナイスボール!」
「ワンナウトワンナウト!」
……あたしはまだまだスラッガーとして認めてもらいきれてないのに、あの人はずっとスラッガーとして認められてきて、それなのにあんなに楽しそうに投げてるんだね。
特に意味はないけど、絶対に打ちたいな。特に意味はないけど。
「8番センター、秋崎。背番号45」
「ボール!」
「ストライーク!」
(やっぱり……こういうのも何だけど、そんなにすごい球じゃないよね……?旋頭コーチからも特に指示は出てないし、普通に打っていって良いよね?)
佳子ちゃんもまっすぐに驚くどころかむしろ不思議そうな顔。スピードだって立ち上がりからずっと140出るか出ないかくらいなのに……
「……わっ!!?」
「!!!センター!!」
3球目のまっすぐを、佳子ちゃんが強振。今日初めての良い当たり。これなら確実に2つ……!
(これくらいならー……いけますねー)
「アウトォォォ!!!」
「うぇっ!!?捕られちゃったの!?」
また高座さん……あの左中間寄りの当たりを飛びつくことすらせずにキャッチ……
「流石やアッキー!ショートだけやなくて外野もいけるやん!」
「早く一軍で見たいわぁ……」
(外野はプロに入るまで遊びでしかやったことなかったですけどー、あまり余計なこと考えずに捕るのに集中できるからショートよりだいぶ楽ですねー)
テレビじゃちょっとわかりづらいけど、実際にプレーをしてみれば一軍と二軍の違いっていうのははっきりとわかる。そしてだからこそ、高座さんは今日出てる人達の中でも別格なのがはっきりとわかる。『高校の時にすごい先輩がいた』って火織さんから聞いてたけど、ここまでとは……
「うう……せっかく久々の長打だと思ったのに……」
「よ、良かったぁ〜……ウェヒヒ……」
(……多分、木製と金属の重心の違いでスイング軌道が想定からブレやすい高卒ルーキーだからこそねぇ。本来なら芯から外れてたはずなのに、スイングが狂ってたまたま逆に芯にぶつかってしまったんでしょうねぇ)
「9番ショート、月出里。背番号52」
「おっしゃあああ!ついにちょうちょや!」
「かっ飛ばせやー!」
やっぱりあのまっすぐ、ちょっと気になるから1球目は完全に見ていこう。いつも通りっちゃいつも通りだけど。
打席で見ても、フォームに変なとこはないけど……!?
「……は?」
「ストライーク!」
何……今の球……?まっすぐ……?
「ッ……!」
「ストライーク!」
(……よし!今日初めてまっすぐで空振りが取れた……!)
「おいィ!どこ振っとんねん!?」
「妃房蜜溜の球より明らかにショボいやろ!」
「逢ちゃんが空振り……?」
「同じ球続けたのに空振りってのは初めて見たかもな……」
……何で今ので空振りしたの?何なの、この球……!?
(一見するとこの子が一番情けなく思うかもしれないけど、アタシにとっちゃこの子が一番怖いわねぇ。スイングの速さなんかよりも、葵ちゃぁんのまっすぐの恐ろしさを『恐ろしい』とだけでももう理解してるっぽいのが……)
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******視点:鹿籠葵******
小さい頃から何度も病気を疑われたくらい人見知りが激しすぎて、ずっと一人遊びばっかりしてた。そんなわたしを、お父さんとお母さんが何とかしようってことで、色んな習い事をさせられた。野球もその内の一つ。その時から、わたしは周りに流されてた。だけど幸い、野球だけは、他人と関わることでの気疲れ以上に楽しいと思えた。
試合と練習を重ねていく内に、わたしはピッチャーが一番やりたいんだって気付けた。一人遊びみたいに、『自分を作り上げて、自分と戦う』要素の強いピッチングが一番向いてて、やってて一番楽しいと思えた。けど……
「すげぇな鹿籠!またホームランじゃん!」
「身体デケェからなぁ……」
「鹿籠、ちょっと左で打ってみないか?今はスラッガーも左が流行りなんだぞ」
『"チームの主砲"という立場』も、『左打ちへの転向』も、わたしが望んだわけじゃない。その当時、真意は今でもわからないけど、わたしをスラッガー一本にさせるためにピッチャーをやる上ではリスクのある左打ちにしたんじゃないかとか、そんな邪推もしたけど、それでも結局は言われるがままだった。
中学の時も、高校の時も、最終的に求められるのは"スラッガーとしての鹿籠葵"だった。高校では一応エースもやらせてもらえたけど、バッティングに力を入れてるチームの中で比較すると一番良いピッチングができるから、登板数は一番多いみたいな……言ってしまえば消去法で選ばれた感じだった。よそにはわたしよりも良いピッチャーなんていくらでもいたから、結局わたしのメインの仕事は"4番サード"だった。
「第二巡選択希望選手、美浜ブッフアルバトロス……鹿籠葵。内野手。薮咲商業高校」
プロにふさわしいと思われたのも、"エースとしての鹿籠葵"じゃなく、"スラッガーとしての鹿籠葵"。だけど、大好きな野球を仕事にできることは嬉しかった。それに、情けないわたしをこうやって認めてくれたことも。だからわたしは、ピッチャーを諦める決心ができた……できたはずだった。




