第二十八話 天敵(4/8)
******視点:徳田火織******
「はいよ、七味マヨソース味お待ち!」
プロに入るまでずっと栃木で暮らしてきたけど、流石にもう4年も大阪に住んでると愛着も湧く。遠征から戻ってきたら、すっかり舌に馴染んだ粉物を頂くことにしてる。大阪で粉物と言えばたこ焼きとお好み焼きが特に有名だけど、アタシはイカ焼きが一番だと思う。
「でゅふふふ……ワタクシメら関東出身者が多いですけど、すっかり関西舌になってきましたねぇ……」
「ぼくは広島生まれだから粉物は焼きそばも欲しいなぁ」
「白飯でええやろ白飯で」
一昨日のビリオンズ戦で久々にあっくんが勝って、アタシもまだまだ打率4割軽くオーバー。怖いくらい絶好調だね。今日からここ本拠地でウッドペッカーズとのカード。練習の前にリリィちゃんと理世ちゃんと千尋さんとで腹ごなしっと。
「そう言えば二軍の方はアルバトロス戦だっけ?もうそろそろ試合始まるかな?」
「今スタメンを確認したのですが、アルバトロスは高座さんが出るんですねぇ。でゅふっ、やはり本格的に外野に転向するんですかねぇ?」
「高座さん?」
「高座愛生さん。アタシの高校時代の1つ上の先輩だよ」
「……ああ、思い出したわ。高卒なのにいきなり二軍でヤバいくらい活躍したけど、一軍昇格直前になって故障続きでまだ一軍上がれてないんやっけか?」
「そうなんだよねぇ……ほんとにすごい人なんだけどねぇ……高校の時の無双っぷりも爽也くんと同じくらいで」
「確か脚がメチャクチャ速いんやっけか?」
「速いなんてもんじゃないよ……アタシが今まで見てきた中で間違いなく一番だよ。普段メチャクチャのんびりしてるのに、運動神経の塊みたいな人。あの人より速い人とか想像もつかない」
「そこまでなんか……?」
アタシ自身も脚には結構自信がある。赤猫さんにはまだ勝てる気はしないけど、あの人は1回り上のおばさんだからいつかは勝てると思う。だけど、愛生さんにだけは一生勝てる気がしないんだよね……
******視点:雨田司記******
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2018ファーム バニーズvsアルバトロス
○天王寺三条バニーズ
監督:旋頭真希
[先発]
1左 ■■■■[右左]
2二 桜井鞠[右右]
3一 ■■■■[右左]
4指 財前明[右右]
5捕 土生和真[右右]
6右 ■■■■[右左]
7三 ■■■■[右右]
8中 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 雨田司記[右右]
●美浜ブッフアルバトロス
監督:■■■■
[先発]
1中 高座愛生[右右]
2三 ■■■■[右左]
3二 ■■■■[右右]
4右 ■■■■[左左]
5一 ■■■■[左左]
6左 ■■■■[右左]
7指 ■■■■[右左]
8遊 ■■■■[右右]
9捕 岡正昇[右両]
投 鹿籠葵[右左]
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「1回の表、アルバトロスの攻撃。1番センター、高座。背番号4」
「よろしくお願いしまーすー」
「プレイ!」
高校時代、ほとんど地元でしか投げてなかったボクだから、鹿籠葵と投手と打者として勝負することはあっても、投手同士で投げ合うことは一生ないと思ってた。スラッガーとしての評価は白雪、猪戸に次ぐほどの大物である一方、ピッチャーとしての評価は制球がかなり良いのと、高校生としてはやや速めのMax143km/hの速球が持ち味で、それら以外は微妙って感じだったはずだが……
……っと、今はそれよりも目の前の打者だな。
高座愛生さん……確か徳田さんの高校の時の先輩だったか?入団当初は"期待のドラ1"って、ネットでも結構話題になってたな。元はショートだったはずだけど。
それにしても、球界全体もだし、白雪も猪戸も九十九も鹿籠もだけど、スラッガーでさえ右投げ左打ちだらけの昨今で、右打ちの1番打者なんて逆に珍しく感じる。元々ボクは打者の左右をあんまり気にせず……というか気にできず投げる方だけど、それでも普段との感覚の違いからか何となく投げにくさを覚える。
「ボール!」
「ボール!」
「ピッチャービビってるよー!」
……これに関しては投げにくさ云々に関係ないけどね。
ボクの現状の課題の1つは『低めでもきちんとストライクを取れるようになること』。ギアを抑えれば多少マシになるけど、それでも全体的にふかし気味なのは変わらない。昨今は高めフォーシームの価値が見直されてきてるけど、それはあくまで低めという選択肢も存在するからこそ。フォーシームを高めに集めるなら尚更変化球は低めが基本だし、低めへの制球は今後も必須……というのは、旋頭コーチの受け売りなんだけどね。
(雨田は最近、低めへの制球を磨くために下半身のトレーニングに力を入れてるんだけど、それによって投球の感覚にズレが出てきてる。その修正として投げ込みも多少やってはいるけど、それだけで制球はどうにかなるものではない。投球の良し悪しを決める要素は"特異性"などの投手個人の能力だけではなく、ボールの質とかマウンドの硬さとか風とか球審の判定基準とか、様々な環境要因が絡んでくる。どんな環境でも想定した位置に制球しつつ、自分にとっての最大出力を引き出せる"再現性"も、投手にとって非常に重要な資質)
だから、今は叩きつけ気味になってしまってるけど、だからと言って普段通りの出力を捨てたりしない。今日の試合の主な課題は、『現状の自分にとって、出力を保ちつつ低めに投げられるモーションパターンを模索すること』。
(当然、その『低めのパターン』のモデルデータを得るのは今後低めに球を集める上でもテンプレートとして有益だし、たとえ今日課題をクリアできなくても、そういった修正作業自体を経験することも、あの紅白戦の時の159km/hを"再現"する上で有益なはずよ)
(外れてるとはいえ、高校出たての人がポンポン145km/h以上連発……噂通りの速球派ですねー)
もちろん、だからと言ってそればかりにかまけるつもりはない。結局は『低めに集める』のも打者を打ち取るための手段。現状のボクが実戦の中でより確実にアウトを重ねられるアプローチを探ることも重要。結果にこだわる必要のない二軍戦ではあるけど、だからと言って軽視するつもりもない。
「ストライーク!」
ちゃんと出力を保っていれば、今みたいに多少甘く入っても空振りが取れる。
「ファール!」
慣れるのだって簡単にはさせない。確実に拳1つ分くらいはバットを短く持ってるのもどこか古臭さを感じさせるけど、それじゃ当てられはしても簡単に前には飛ばさせないさ。
(まだ実戦感覚が戻り切ってない状態でー、このまっすぐはちょーっとめんどくさいですねー。速いだけなら爽也くんで慣れてるんですけどー、やっぱりプロでもピッチャー続けてる人はキレが違いますねー。となるとやっぱりー、自分の役割を優先していきましょうねー)
低めへの縦スラ……当てられはしたけど、拾いきれずにゴロ!
「ショート!」
少し深いが、月出里の肩なら十分……
「は!?」
「セーフ!!!」
「うぇっ!?」
「嘘だろ……!?そこまで難しくもないショートゴロだったぞ……!!?」
(あたしが刺せなかった……!?)
月出里の守備に落ち度はなかったはず。飛び込まずに立ったまま捕ってたし、送球の速度だけなら間違いなく相沢さん以上の強肩。
あんなのを内野安打にしてしまえる向こうが上手だったと思うしかないな……