第二十八話 天敵(3/8)
******視点:鹿籠葵******
「大丈夫大丈夫大丈夫……わたしならできるできるできる……」
「な、何やってんだアイツ……?」
「大人しい奴だと思ってたけど、意外とナルシストなのか……?」
情けないわたしには欠かせない、試合前のルーティン。手鏡を見つめながら自分を精一杯励ます。流石にわたしも奇行だと思う。それで周りに引かれるのも納得してる。だけど小さい頃から何故か鏡の中のわたしに話しかける癖があったみたいで、その延長で今もやってしまう。
特にローカル放送でよく言われる"地元出身のスター候補"なんて聞こえは良いけど、やっぱりわたしには荷が重い。今回の大阪遠征も、高卒ルーキーで呼ばれたのはわたしだけ。それを誇りに思う気持ちが全くないわけじゃないけど……せっかく同い年の人達とはようやく少しは話せるようになったのに、周りが先輩だらけで、鏡の中の自分にばかり頼ってしまう……って、そんな感じで言い訳ばかりのわたしが余計に情けなくなる。
だけど、それでもやり遂げる。この遠征は今までになかったわたしにとっての大きなチャンスなんだから。
「あ、ほんとに鹿籠さん来てるね……」
「マジか……おい雨田、ボコられないように気を付けろよ?」
「自分の心配の方が先だろ?」
「…………」
向こうのベンチ近くに夏樹さんと雨田くん……それとおっぱいが情けなくない人と、さっき親切にしてくれた人。察するに多分わたしと同じ高卒ルーキーの集まりかな?
夏樹さんとは中学の頃からの顔馴染み。中学の時は雲の上の存在で、高校でも嚆矢園では完全にシャットアウトされちゃった。雨田くんは会ったことがなかったけど、ダベッターで存在はよく知ってる。結果的にわたしにもチャンスはもらえたけど、わたしも雨田くんみたいにしてたら、少しは違ってたのかな?
選手名鑑を開いて、後の2人を確認。おっぱいの人は秋崎佳子さん。そう言えば神奈川にそういう人がいるって聞いたことあったかも。月出里逢さんは全くピンとこない。あれだけ可愛い子だからもし会ってたら忘れてるなんてこともないと思う。拳を縦に合わせて薄目でじっと見つめてるけど、わたしみたいにルーティンかな?
「向こうのスタメン、誰が来っかねぇ?」
「とりあえずー、財前さんとー桜井さんはいつも通り来るんじゃないですかー?」
「あ、あの……」
「後はプロスペクト候補の松村くぅんかしらねぇ?あの子なかなかハンサムで、アタシのツボだわぁ」
「いや、でも今日松村の姿見ねぇぞ?」
「あの……!」
「あぁら葵ちゃぁん、もう準備できたかしらぁ?」
「ひゃい!よ……よろちくおねがいしましゅ!」
「やぁねぇ、ガッチガチじゃなぁい。いつも通りの葵ちゃぁんでいきましょぉ?」
「はい……ウェヒヒ、す、すみません……」
遠征メンバーで唯一それなりに話せる岡正さん相手ですらこんな調子になってしまう。ほんと、わたしって情けないなぁ……
「……葵ちゃぁん、怖がらなくて良いのよぉ?今日アナタが呼ばれたのは、アナタに諦めさせるためじゃない。みんながアナタに期待してるからよぉ?プロの世界ってね、こういう選手の移動とか、細かいところでもいっぱいお金がかかってるの。その上で、アナタは今日ここに来れたの。自信を持ちなさい」
「は……はい!」
岡正さんにはいつも励まされてばっかりだなぁ……スキンヘッドでヒゲだから最初は怖かったけど、いつもチームの中心でみんなを引っ張ってくれてる。やっぱりベテランさんってすごいな……
「JPBファーム、リーグB、天王寺三条バニーズ対、美浜ブッフアルバトロス、第一回戦。本日先発が予定されております、両チームのスターティングラインナップ、並びに、審判と公式記録員をお知らせいたします。先攻の美浜ブッフアルバトロス、1番センター、高座。1番センター、高座。背番号4」
「あれ?鹿籠さん、キャッチャーっぽい人と歩いてるよ?」
「え……?ってことは……」
「いや、鹿籠は内野手登録だっただろ……?」
プロに入った時点で諦めてた。バッティングが特別好きじゃなくても、プロの人達に認めてもらえるくらいできるんなら私はまだ恵まれてるって、そう割り切ろうって思ってた。
だけど、偶然が重なってようやくチャンスが訪れた。
「そそそそれじゃ、ぎゅ……最初は軽くいきます!」
「オッケー!」
逸る気持ちを抑えて、動作の1つ1つを頭の中で整理しながら、少しずつ腕の振りを速くしていく。
「9番キャッチャー、岡正。9番キャッチャー、岡正。背番号43」
コールのたび、スタメン1人ずつに拍手が送られる。わたしの番は、チームで一番最後。
「ピッチャー鹿籠。アルバトロスのピッチャーは鹿籠。背番号5」
こんな情けないわたしだけど、大好きな野球だけは上手くやれてきた。だけど大好きな野球だからバッティングでも手を抜けなくて、情けないわたしはずっと周りに流されて、ピッチャーとしてではなくスラッガーとして期待され続けてきた。
だけど……わたしは今度こそ、わたしのなりたいわたしになる……!




