第二十七話 特異性(3/3)
レーザーポインタで、今度は青い点の辺りを指し示す。
「そして、まっすぐに関してのみならず、変化球に関しても『平均や基準から離れる』という考えが当てはめられるわ。この左右のグラフにある青い点は氷室の決め球であるスプリット系の軌道を示すものよ」
「ストレートと比べて、左右でだいぶ位置が違いますね」
「ええ。去年まではオーソドックスなフォーク、今年はツーシームの握りを応用したスプリットを投げてるからね。左右を見比べてみると、今年のスプリットは沈む変化が小さくなって、シュート変化が大きくなってるわね。ただ、まっすぐも含めて見比べてみると、それぞれのグラフの赤い点と青い点の距離はそんなに変わらないでしょ?シュート変化だけ取っても、去年はまっすぐの方がシュート寄りで、今年はスプリットの方がシュート寄りになってるわよね?縦の変化も、去年と比べると今年はまっすぐもスプリットもまとめて上の方にずらしたような感じになってるし。だから、スプリット系の落ち幅自体は去年より少なくなってるけど、まっすぐという『投球の基準』から離れてる度合いが同じくらいで、それでいて球速が向上して、落ち始めが遅くなったから、より多くの空振りが取れてるってわけよ」
「じゃあ変化球の質をキープしつつまっすぐの質を上げれば、変化球も打ちにくくなると……」
「と言っても、実際にはまっすぐと変化球の軌道を離すってのは結構難しいものよ。夏樹なら経験したことがあると思うけど、たとえば腕の振りを横振りに近づければ、どの球種もそれに応じて横の変化が大きくなるものなのよ」
照明をつけ直すと同時に、スクリーンの画面も落ちた。
「とまぁこんな感じで、より速い球速を求めたり、よりキレのある球を極めたり、より大きな落差を追求したりするのは、どれも共通して『平均や基準から離れる』ことを目的としてるってことがわかったと思うわ。平均から離れていればいるほど、単純にモデルデータ……つまり過去の対戦経験が乏しく、脳の補完も難しくなる。こういった平均的な投手よりかけ離れた要素全てをひっくるめて、『特異性』と呼んでるってわけよ」
「セイバーメトリクスのWARと同じような考え方ですね」
「そうね。『時と場所が同じ環境の中で、その選手の能力がどれだけ傑出してるか』って意味では共通してるわね。だから、もし仮に"史上最強の投手"がこの世に存在したとしても、その投手が具体的にどれくらいの球速を出せて、どういう球種を持ち味にしてるかとかはわからないけど、少なくとも"最も『特異性』に恵まれた投手"であることは間違いないと思うわ」
「……コーチ的には、現役で一番そういうのに近い投手って誰なんすかね?」
「シャークスの妃房蜜溜ね。間違いなく」
あの変態が……
「あれは言うなれば"特異性の塊"……本人も色々工夫してるんだろうけど、そもそもあの子はあらゆる点で投手になるために生まれてきたような存在よ。身長や利き手、身体能力、運動神経とかありきたりな部分だけでなく、極めて珍しい特異体質まで生まれ持ったんだからね」




