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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
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第二十七話 特異性(1/3)

******視点:月出里逢(すだちあい)******


 2018年4月2日。一軍が開幕カードを終えて、福岡からここ大阪に帰ってくるこの日。

 いつも通り二軍球場で練習してると、どういうわけかあたしと佳子(よしこ)ちゃんは旋頭(せどう)コーチに呼び出された。二軍の試合に出させてもらえるとかそういう話なら歓迎なんだけど、どうも練習絡みの話みたい。でも旋頭(せどう)コーチって投手コーチだし、雨田(あまた)くんと神楽(かぐら)ちゃん以外はあんまり関わりようがないと思うけど……


「何なんだろうね?集合場所ミーティングルームだから投げたりするわけじゃないよね?」


 元投手の佳子(よしこ)ちゃんだけならまだ納得できるけど、何であたしまで?あたし、絶対投手はやりたくないんだけど……

 まぁ全く見当がつかないから、とりあえず大人しく佳子ちゃんと一緒にミーティングルームへ。


「よう、お疲れ」

「練習中だと久しぶりだな」


 ミーティングルームには神楽ちゃんと雨田くんがいた。


「揃ったみたいね」


 そしてすぐ後に、旋頭コーチも入ってきた。


月出里(すだち)秋崎(あきざき)。練習中なのに急に呼び出して悪かったわね。今回は投球に関する講義をやるんだけど、野手にとっても参考になる部分が多いと思うから、貴女(あなた)達も呼んだというわけなの」

「メンバー的にルーキーだけですか?」

「ええ。去年同じような内容を二軍メンバー全員を対象にやったから、今回は貴女(あなた)達だけで十分。去年のは講義内容を球団管理サイトにアップロードしてるし、今回のもするから、興味があったら後で確認してくれると良いわ」


 そう言って旋頭コーチは、持ってきたタブレットをプロジェクタに繋いだ。


「さて、今日の講義内容は『投球の分析』についてよ。突然だけど貴方達、"優れた投手"ってどんな投手だと思う?漠然としてても良いから答えてくれるかしら?」

「え?えっと……球が速いとかすごい変化球を投げられるとかですか?」

「あっしとしちゃ、キレと制球力は欠かせないと思いますけどね」

「難しいですけど……野手に信頼してもらえる人……とか?」

「考えられる限りのスキルが全部優れてる……が理想ですね」


 まぁ具体的にどういうのかってのは難しいけど、例を挙げるなら三条(さんじょう)オーナーとかあの変態……妃房蜜溜(きぼうみつる)とかかなぁ……?


「そうね。貴方達それぞれが大なり小なり定義の仕方が異なるように、投手の優劣を決めるスキルはいくらでもあるわ。たとえばMAX140km/hの投手とMAX150km/hの投手がいたとしても、他のスキルがわからない限りどちらが優れてるかは決めようがないし、仮にわかったとしても、たとえば片方が制球力に優れてて、片方が変化球に優れてる場合みたいに、得意分野が異なれば単純比較は難しくなるわね。秋崎が言ってくれたみたいに、精神的な要素も決して無視できるものではないしね。牽制や守備みたいに、投球そのものに直接関わらないスキルだって大事。だけどね、実は投手としてのスキルの中でも『投げる球の打ちにくさ』に関わる部分なら、ある程度ひとまとめにして優劣を決めることができるのよ」

「『投げる球の打ちにくさ』というと、球速や球質辺りですか?」

「その通りよ、雨田。それらの要素を全部ひっくるめたものを、私は仮に『特異性』と呼んでるわ」

「『特異性』……」

「ちょっと話が変わるけど、逆に"優れてない投手"ってどんな投手だと思うかしら?」

「普通に球が遅いとかノーコンとか……ですかね?」

「確かに、基本的に球速は遅いよりは速い方が良いし、制球も悪いより良い方が困ることは少ないわ。だけど、投球術の中に『緩急』というものがあるように、遅い球も立派な武器になり得るし、制球の悪さだって時には『荒れ球』として武器になることだってある。だから、実を言うと"考えられる限り最も優れてない投手"というのは、"その環境で最も平均的な投手"なのよ」

「つまり……『良くも悪くもないのが一番ダメ』ってことですか?」

「まぁそういうことね。何故そう言えるかというと、打者は過去の経験をモデルデータとして参考にするから。打者は人間である以上、プロの投手レベルの球だと完全に目で追って打つことはできない。ある程度までは動体視力とか反射神経とかでどうにかできるけど、それらでもどうにもできない部分は、過去の経験やそこから計算される補正によって『このタイミングでこの辺に球が来るだろ』って感じで脳が補完するのよ。だけど過去の経験と言っても、投球というのは投手によって千差万別だし、同じ投手の同じ球種であってもその日のコンディションによってブレがあるから、打者それぞれ経験はバラバラ。だからこそ、平均的な投手というのは『打者にとって過去に近いレベルの投球を経験した可能性が特に高いと思われる』から危険なのよ」

「最近よく言われてる『平均球速』なんかも、そう言うとこからですかね?」

「そうね。『平均球速』はその環境の競技レベルがどのくらいかを考察する際にもよく参考にされるけど、投手と打者との対戦においても重要な要素。メジャーの先発は大体150km/hくらいが平均だけど、日本でそれだけの速度を出せたらトップクラス。確かに今の時代の日本人の感覚であれば絶対的に見ても速いと言えるけど、それよりも重要なのは『その環境の中で相対的に見てどれくらい平均や基準からかけ離れてるか』よ」

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