第二十四話 刮目せよ(3/7)
******視点:月出里逢******
下半身の使い方の練習は身体を鍛えるよりは感覚を掴むものだから、集中を切らしたら意味がない。火織さんの打席は完全に手を止めて観てた。そうしただけの価値はあった。やっぱり火織さんはすごい。
「やるね……あの真木さんに競り勝った」
(バッティングに関しても私の完敗ですね……ポジションが違えど、調子を戻すだけでは簡単に一軍に戻れませんね……)
「やっぱりピッチャーから見ても、四球ってバッターの勝ちって思うの?」
松村さんはよく知らないけど、よく考えたらここにいるの殆ど現役のピッチャーかちょっと前までピッチャーだった人ばっかだね。良い機会だから聞いておこう。
「わたしは正直、試合全体以外ではあんまり勝ち負けを考えなかったかな……というか試合中はやることが多くてそういうの考えてる余裕がなかったね」
「佳子、4番も任されてたんだもんなぁ……まぁ敬遠とかは作戦の内だと思うけど、ピッチャーとバッターだけで見たら、あっしはピッチャー以外のエラーを除いて塁に出たら問答無用でバッターの勝ちだと思うよ」
「ボクも大体そんな感じだな。逆にバックのファインプレーに助けられた時なんかはその人に感謝する反面、正直負けた気がして悔しく思うけどね」
「まぁ、そうやってピッチャーとバッターの勝ち負けを意識できるのは良いことだよ。大昔は勝ち負けどころか、ピッチャーはほとんどバッターに打たせるのが役割だったんだから」
「……ナインボールの時代ですか」
「ん、雨田さん知ってるんだ?まぁおれも伊達さんから教えてもらったんだけど……」
「『ないんぼーる』って?」
「バッティングカウントのルールの話。要するにボールカウント9つで出塁できるっていうルール」
「ボール9つって……すごい時間かかりそうですね」
「野球は元々時間がかかる競技だよ。最初はイニング関係なく21点先に取った方が勝ちだったしね。まぁ当然、その分今と比べたらだいぶ点が動きやすかったんだけど」
「だから元々ピッチャーっていうのはほとんどただバッターに打たせるだけの存在だったんだよね。ピッチャーは絶対下手投げで手首のスナップを利かせることさえ許されなくて、おまけにバッターが要求したコースにしか投げちゃいけないっていう決まりがあったから。それに、一応三振というルールは最初期からあったんだけど、打者が空振りする必要があって、見逃し三振がアウトにならなかったり……今と比べて有利な部分はマウンドからホームベースまでの距離の短さくらいだね」
「バッテリーの駆け引きとかへったくれもないっすね……」
「そこからやがてさっき言ったナインボールのルールができて、見逃し三振もできて、ピッチャーの投球時の制限が解除されていくにつれて出塁のために必要なボールカウントが減っていって……最終的に今の形に落ち着いたんだよ」
「ピッチャーが単なる打たれ役から特別なポジションになれたのは、野球という競技が進化した証拠。三振と四球は野球の中に『ピッチャーとバッターの勝負』を生み出す上で長年をかけて折り合いをつけた結果。だからピッチャーというポジションに就く以上は、ゲーム全体の勝敗は別として、打者との勝負においては四球は負けと認める器量を持つべきだとボクは思ってる」
なるほど、雨田くんらしい。
「なら逆に、バッターも三振は負けって認めなきゃね」
「そういうことだな」
あたしも、元々は『ピッチャーとバッターの勝負』に惹かれて野球を始めたからね。そこら辺の覚悟はしてるよ。
三振の解説に関して誤った部分があったため、再投稿しました。話の本筋自体は変わってません。お騒がせして申し訳ございません。




