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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
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第二十三話 過渡期(4/6)

******視点:伊達郁雄(だていくお)******


 結果として紙一重で失点してしまったけど、徳田(とくだ)くんの経験値になったのなら悪くない。成功体験を積ませることで、向こうの弱点を保持できるというメリットもあるし、冬島(ふゆしま)くんにも早速色々教えられたしね。

 ……吹っ切れてみると、あんなリードも悪いとは思わないね。ここ最近になってようやく、良い意味で歳を取れたような気がする。もう15年以上、プロをやってるって言うのにね。


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 宮城生まれで苗字が『伊達(だて)』だけど、別に有名な戦国武将の末裔ってわけでもない。それどころか平均よりもちょい下程度の経済力の家庭生まれ。と言っても、別にそのことを苦に思ったことはない。


「すまんな、郁雄(いくお)。大学に行く蓄えも出来んで……」

「気にしなくて良いよ父さん。どうせ勉強は好きでも得意でもないしね。野球のおかげで良いところから内定もらえたんだからそれで満足だよ」


 いわゆるブルーカラーの父さんは親族絡みとか色んな不運も重なって出世はできなかったけど、それでも昔自分も野球をやってたからってのもあって、僕の野球を全力で支えてくれた。おかげで、高校まではプロから声がかかることはなかったけど、それでも地元の強豪校で4番サードのキャプテンにまで上り詰められて、卒業後は大手の家電メーカーに、野球部への入部を前提に入社できた。人並みよりはできる自信はあったから、プロへの可能性が残る進路を選べたのは都合が良かった。

 だけど、入社してすぐくらいの頃。


「伊達、今ちょっと良いか?」

「はい。どうしました?」

「お前、高校の途中まではキャッチャーだったんだよな?」

「そうですけど……何かあったんですか?」

「それがな、千葉(ちば)がどうも腰をやっちまったみてぇでな」

「え!?本当ですか!!?」

「ああ。しかも結構やべぇやつみてぇでな……来週の試合どころか今後キャッチャー続けられるかも怪しいって話だ」

「そうなんですか……それは気の毒に……」

「そこでよ、伊達。お前、代わりに俺の球捕ってくれねぇか?」

「ええ!?」


 同じ部署の先輩で部のエースでもある人からの頼み。高卒で入って業務の方ではあまり期待されてなかった僕の立場からしたら、断る術はなかった。


「いやぁ伊達お前、何が『自信がない』だよ!ちゃんとできるじゃねぇか!めっちゃ投げやすかったぜ!」

「ど、どうも……」


 突然の話だったけど、相手が格下だったおかげで再デビュー戦は勝利を掴むことができた。


「ぶっちゃけそんだけ打てるんだからよ、高校の時もキャッチャー続けてたらプロからも声がかかってたんじゃねぇか?」

「いやぁ、どうですかね?サードにコンバートしたからこそなとこもあると思いますし、キャッチャーにしたって監督にリードをダメ出しされまくってましたし……」

「そうか……だが心配すんな。俺はお前のサインには絶対に首を振らねぇ。これからも頼んだぜ、相棒!」

「は、はぁ……」


 エースに気に入られては、続ける他なかった。元々僕は打つ方が好きで、キャッチャーも野球を始めた頃に太ってたからってだけでやらされて、『将来潰しがきく』とか理由を付けられて、ズルズルと続けてただけ。だから高校の時に"キャッチャー失格"の烙印を押されたのはむしろ嬉しかった。監督も、打つ方はちゃんと評価してくれてたしね。


「ゲームセット!小川電器、都市対抗初優勝です!!」

「よっしゃあああああ!!!」

「先輩!ナイスボールでしたよ!!」

「最優秀選手賞は正捕手で4番としても活躍した伊達郁雄(だていくお)が選ばれました!」


 またしてもズルズルとキャッチャーを続けて1年以上が経ち、気がつけば都市対抗のチャンピオンにまで上り詰めた。


「おめでとう、伊達くん!」

「ど、どうも……」


 入社から1年、苦労もあったけど本当に充実した日々だった。いきなりのコンバートの負い目からか、先輩達に助けてもらえたおかげで不安だった業務にも自信が持てたし、そういう環境だからかキャッチャーも昔の苦い思い出を引きずることなく、勝つ喜びも重なって楽しくやれた。当時は野球部の追っかけで、同僚の間でも人気のあった女子社員……今のカミさんとも親しくなれた。

 正直言うと、プロ入りの足がかりのつもりで入社したけど、せっかく大手企業の勤め人になれたんだし、このままここで働き続けようか……ちょうどそう思い始めた頃だった。


「おい伊達、これ見ろよ!」

「どうしたんですか先輩?」

「どうしたってお前……指名されてるぞ!」

「……え?」


 仕事も繁忙期だったから、ドラフト自体をすっかり忘れてた。先輩が差し出したスポーツ新聞には、確かに僕の名前が記載されてた。

 2001年度のドラフト会議で、僕を指名したのはバニーズ。ちょうど樹神(こだま)さんがメジャーに行った直後のシーズンで、今もなお続く暗黒時代が幕を開けた頃。テコ入れのために血の入れ替えをして、15人近く指名した中でドラフト7位だけど、自由枠の関係で実質6位の立場。決して高い評価じゃなかった。

 だけど、選手層の薄いチームであることは逆に活躍の希望が持てた。レギュラーになれなくてもある程度の地位が狙えて、それさえダメでも再雇用の目もあるキャッチャーだから尚更ね。元々小さい頃からプロではスラッガーとして有名になりたいと思ってたけど、社会人を経験して、随分と堅実な考え方に変わってたのをこの時になって自覚した。

 だから正直、かなり迷った。多分あと1年会社に勤めてたら、どこの球団が何位で指名しようときっと拒否してた。僕のプロの夢が消える直前に、その夢が叶った形となった。


「そうか……行っちまうのか」

「はい。先輩、短い間ですがお世話になりました」

「おう、頑張ってこいよ!……彼女ちゃんのためにもな」

「いいいや!川澄(かわすみ)さんとはそういう関係じゃないですよ!?」

「ははは!やっぱお前、川澄に気があったのか!」

「だ、誰にも言わないでくださいよ……」

「わーってるって!俺もお前を再雇用できるくらい出世するからな!そんな俺の苦労が台無しになるくらいのスターになれよ!」


 僕と違って高校時代に嚆矢園(こうしえん)で投げたこともある先輩だけど、嫌味一つ言わずに笑って僕を送り出してくれた。そんな環境だったから名残惜しくはあったけど、やっぱりどうしても一番の夢を捨てきれなかった。

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