第三話 だからあたしは、今はまだ『未知』であり続ける(6/6)
そして、キャンプ3日目。
練習メニューなんかも通じて、佳子ちゃんと神楽ちゃん以外とも話す機会ができた。でも多分一番よく話すのは、同じ内野の火織さん。ウォーミングアップのストレッチのペアも2日目からは火織さんと組むようになった。軽めのから始めて、ちょっとずつ難易度を上げていく。
「おお、逢ちゃん。なかなか柔らかいねぇ」
右足を前に出して股間が地面に付くように前後開脚して前屈、今度は左足を前にもう1回。さらに180度の股割りから上体を左右に倒し、そこから前屈で漢字の土の字になるように地面にへばりつく。さらに上体を左右に捻ってほぐす。このくらいなら補助なんていらない。
「『筋肉を付けるだけじゃなくて身体の可動域も拡げないと力を最大限に出せないし怪我しやすくなる』ってお父さんに言われて、柔軟は小さい頃から頑張ってたんです」
「ま、アタシほどじゃないけどね!」
あたしがやったことをそっくりそのまま再現して、さらにあたしに背を向けて立った状態からのブリッジで手首と踵をくっつけた。
「ね?」
ブリッジのままドヤ顔。正直ムッときた。とりあえずヨガの鳩のポーズで対抗した。
「むむむ……!」
さらに対抗意識を燃やした火織さんは、同じヨガという土俵に立つ為か、牛の顔のポーズ。なら次は蛍のポーズで……って感じで張り合ってると、周りがざわつき始めた。
「何だアイツら……」
「軟体動物かよ……」
「エッッッッッッッッッッッッ」
「コホン……貴方達、何の為にペアを組んだの?」
旋頭コーチが思わず咳払い。あたしも火織さんも普通のメニューに戻した。
「やるねぇ逢ちゃん。アタシの柔軟についてこれたの、バニーズじゃ他には百々(どど)さんだけだよ」
百々さん……バニーズのエース。あの人もそうなんだ。
ウォーミングアップを終えて練習開始。振旗コーチの指示で、あたしだけバッティング練習ではミーティングルームで座学。バットに触るのは細かい動作を確認する時だけ。もちろん、自主練でも素振りを全くしてない。他の練習は普通に他の人達と混ざってるけど。
お昼までの練習が終わり、旋頭コーチから二軍キャンプメンバー全員に集合がかかった。
「先ほど、柳監督より明日行う紅白戦のメンバーの発表があった。登板予定のある投手は、午後からのメニューは調整をメインとする。野手に関しても結果を残せるように準備はしておくように」
貸出タブレットで球団管理アプリにログインすると、メンバー表がアップロードされてた。あたしの名前が一応あった。でもベンチスタートで、出場は保証されてない。佳子ちゃんと神楽ちゃんも同じ扱いで、他にもメンバーが多いから、多分出れても大したことはできないと思う。
でもあのクズ4人組は全員スタメンと登板確定組に選出されてた。デカブツの財前明、チャラ男の相模畔、ぶりっ子の桜井鞠、ギャルの早乙女千代里。頭文字「サ」ばっかじゃねぇか。お前ら顔と名前もう覚えたからな。お前らも覚えてろよ。
ただ、火織さんと氷室さん、それと同期のドラフト上位3人もスタメンと登板確定組に選ばれてるのは素直に祝福したい。
・
・
・
・
・
・
***
◎2月4日 紅白戦メンバー表
※[投打]
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 ■■■■[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 ■■■■[右右]
6指 ■■■■[右左]
7三 ■■■■[右右]
8二 ■■■■[右左]
9捕 真壁哲三[右右]
投 百々百合花[右右]
・
・
・
○白組
[先発]
1左 相模畔[右左]
2右 松村桐生[左左]
3指 リリィ・オクスプリング[右両]
4一 天野千尋[右右]
5三 財前明[右右]
6捕 冬島幸貴[右右]
7二 徳田火織[右左]
8遊 桜井鞠[右右]
9中 有川理世[右左]
投 雨田司記[右右]
[中継登板確定]
氷室篤斗[右右]、早乙女千代里[左左]
[控え]
山口恵人[左左]、夏樹神楽[左左]、伊達郁雄[右右]、
月出里逢[右右]、秋崎佳子[右右]、……
***
「うーん残念、僕らはベンチスタートか。それにしても、ずいぶん戦力が偏ってるねぇ。紅組は一軍レギュラー中心、白組は一軍ベンチメンバーと二軍の有望株中心ってとこかな」
「でも逆に言えば、おれにとってはアピールチャンスです!伊達さんはどうせ絶対開幕一軍なんですから、おれも絶対開幕一軍に選ばれてみせます!」
恵人くん、張り切ってるねぇ。まぁ前までと比べたらだいぶ肩の力が抜けてる。良い傾向だと思いたいね。
「だから伊達さん、約束、絶対守ってくださいね!」
僕の現役生活はきっともう残り少ない。そして、恵人くんは年齢的に考えると残りが多すぎる分、まだまだ乗り越えなければならないものも多い。できれば叶えてあげたいんだけどね。
「ああ、もちろんだよ!」
僕自身も、この歳になるまでやり残したことが多すぎる。だからこそ、僕は僕自身以外の為にもまだまだ頑張らないとね。




