第二十一話 フィノム(8/9)
オープン戦 バニーズ 0 - 0 シャークス
5回表 2アウト ランナー三塁(月出里逢)
○天王寺三条バニーズ
[先発]
1代 ■■[右右]
2代 月出里逢[右右]
3右 松村桐生[左左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 天野千尋[右右]
6指 リリィ・オクスプリング[右両]
7捕 冬島幸貴[右右]
8中 相模畔[右左]
9三 ■■■■[右右]
投 百々百合花[右右]
[控え]
早乙女千代里[左左]
伊達郁雄[右右]
有川理世[右左]
夏樹神楽[左左]
秋崎佳子[右右]
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[降板]
徳田火織[右左]
相沢涼[右右]
●横須賀EEGgシャークス
[先発]
1遊 数橋艶[右左]
2右 深海御厨[右左]
3一 ■■■■[右左]
4左 天竺甚兵衛[右左]
5三 小森大瀬[右右]
6捕 与儀円子[右左]
7指 頬紅観星[右右]
8二 ■■■■[右左]
9中 ■■■■[右右]
投 妃房蜜溜[左左]
[控え]
綾瀬小次郎[右右]
長尾七果[左左]
恵比寿唯一[右右]
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******視点:月出里逢******
「ストライク!バッターアウト!」
「三振!151km/h速球!!バニーズ、先制のチャンスをまたも生かせず!!!」
「スリーアウトチェンジ!」
妃房蜜溜(あの変態)の立ち直りは早かった。あたしに続く松村さんが打席に立つ頃には、さっきまでとは少し違う、牙が抜けたようなニヤケっ面。だけど、投げる球は相変わらず可愛げなんて一切なく、結局あたしは三塁に釘付けのまま終わった。
「すごかったぞ月出里!」
「か、帰りにファングッズ絶対買うからね、ちょうちょちゃん……フヒヒ……」
「サンキューアッイ!お前がバニーズの未来のスターや!(テノヒラギュルンギュルン」
「誰や!?こんな奴を"戦犯"扱いしとったの!(テノヒラギュルンギュルン」
なんだかんだでこういう声援に助けられたところがあるかもしれないから、ベンチに帰るまでの間は愛想笑いを浮かべながら手を振ってた。今日くらいはあたしのこの上ない可愛さを安売りするのもやぶさかではない。
「フォッフォッフォッフォッ……ようやったのう"フィノム"」
「……?何ですかその"ふぃのむ"って」
「お前からは"クソジジィ"という素敵なあだ名をもらったからのう。ワシからもお返しじゃ」
相変わらず柳監督の考えてることはよくわからない。
「まぁお前がこんなもんで喜ばんのはわかっとる。"フィノム"、敢闘賞じゃ。このままショートに入れ。もう中盤じゃが、あと1、2打席は巡ってくるじゃろ」
「……!ありがとうございます!」
「もっとも、今日はもう"アレ"とは遊べんじゃろうがのう」
柳監督がチラッと見た先には、あの変態の姿。向こうのベンチでアイシングをしながら、あたしに向かって手を振ってニコニコしてる。
「フォッフォッフォッフォッ!随分好かれたようじゃのう!」
どう反応すれば良いのか……まぁあたしもさっきの勝負は勝ち負けに関係なく楽しめたけど……
******視点:妃房蜜溜******
はー、楽しかったなぁ……
去年から働き始めだったのにいきなり八桁のお給料もらって、今年はその倍くらいもらえることになったけど、炊飯器も土鍋もマットレスも枕もアロマディフューザーも去年買い揃えちゃったしねぇ。お米とか本とか大してお金かからないし。昼寝して、おにぎり食べて、良い打者と勝負して、おにぎり食べる。アタシにはこういうので十分なんだよね。
「お疲れさん、妃房。いつもよりええまっすぐ放っとったけど、手応えはあったか?」
エースでコーチの綾瀬さんが話しかけてきた。
「はい!最高に楽しかったです!」
「いや、そういうことやなくてな、ピッチングの内容の話なんやが……まぁええわ」
月出里逢。今までアタシが勝負してきた中で間違いなく"最高のスラッガー"。アタシがずっと求めてやまなかった存在。また勝負したいなぁ。勝負だけでも最高に楽しいけど、今度は勝ちたいなぁ。
「妃房君!オープン戦開幕投手に相応しい、素晴らしい投球だったぞ!改めて君には負けられないな!」
「あ、どうも……」
ほんと、七果さんは意識が高いなぁ。高校野球とかならともかく、プロは先発ローテに入ってさえいれば投げる試合の数にあんまり違いはないんだし、アタシとしては"エース"なんて大層なものは七果さんがなってくれればって思うんだけどねぇ。
「さて、私としては同郷の雨田君の投球も見てみたいのだが……まぁそれは向こうの都合もあるから期待程度で良かろう。しかし、あの月出里君とやらも素晴らしかったな。あのスイングスピードに加えて、俊足「打ったァ!ショート右、掴んで一塁へ……」
「アウト!」
5回の裏は6番の与儀さんからだけど、元々アタシと一緒に降りる予定だったし、相手も左投手に代わってるから、右の■■さんが代打。打球は代わったところに云々とはよく言うけど、代打からそのままショートに入った月出里逢のところに本当に転がった。
「へぇ、なかなか巧いじゃん」
アタシ自身は左投げだし、野球を始めて以来、基本はずっと投手をやってきたから、投手が絡まない内野の守備はあんまり詳しくないけど、ウチのレギュラーショートの艶さんがお墨付きを与えるのならまぁ間違いはないと思う。
ゴールデングラブ賞は『打撃が上手くないと獲れない』ってよく批判されてるけど、逆に今の時代の野手は守備が巧くないとバッティングが良くてもレギュラーを獲りづらいって事情もあるから、あの子の守備が良いのはありがたいことだね。その方が勝負できる機会も増えるだろうし。
「なぁ、蜜溜。今日向こうの打線と勝負してさ、二番目に良かったバッターって誰だった?」
「一番は聞かないんですか?」
「そんなもん、顔に書いてたよ」
そう言って、艶さんは悪戯っぽくアタシの頬をつついた。うーん、このタラシお姉さん。アタシじゃなかったら大体の人は堕ちてただろうね。
「そうですね……アタシとしては徳田さんですかね?」
「あら、意外。相沢さんか金剛さん辺りかと思った。どういう理由よ?」
「うーん、スイングの質とかですかね?なんとなく」
良い打者との勝負はこの上なく好きだけど、バッティング自体には興味がないから具体的にどうこうってのは上手く説明できない。でもこの『なんとなく』には結構自信を持ってる。今まで大体当たってきてるし。
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少し経って、ゲームが動き始めた。
6回に向こうの天野さんがソロ打って、その裏に代打で出たロレンツィーニがツーランで逆転。まぁ投手はマウンドから降りたらもう何もできないけど、ウチのチームが勝ってくれるのならその方が喜ばしい。
「2番ショート、月出里。背番号52」
「おっしゃあ!ちょうちょに回ってきた!」
「さっきの調子で逆転頼むで!」
守備を無難にこなして、他にトラブルもなかったから、無事にもう1打席確保。ベンチからの視点でも改めて観れるのはありがたい。
「ショート!」
「アウト!」
「ちょっと待てや!?何やそのヘナチョコゴロ!!?」
「何で妃房打てて■■にあっさり負けるんや!?」
「やっぱルーキーはルーキーやな(テノヒラギュルンギュルン」
結果は6球の勝負の末、本当に平凡なショートゴロ。スイングはさっきほど速くないし、何よりあの火の出るような打球の速さもない。ショートはもう艶さんから■■に代わってるけど、全然危なげない。
「ありゃりゃ……さっきと違って身体の動きがてんでバラバラだな。アレであんだけ速いスイングができる辺り、身体のバネは恐ろしく強いんだろうけど」
艶さんの言う通り、確かにさっきアタシと勝負した時の月出里逢とはまるで別人。
だけど、不思議と『下手』だとは思わない。むしろ今の打席の方が、底知れない恐ろしさを感じた。なんとなくだけど。




