第二十一話 フィノム(6/9)
「このような展開を誰が予想できたでしょうか!?バニーズのルーキー・月出里逢、球界最速左腕・妃房蜜溜に必死に食らいつきます!」
普段はバットの重さは苦にならないけど、いつも以上にバットが振れてる分、流石に息が切れる。だけど、それは向こうも同じ。
(参ったなぁ……トップギアなのに一打席で全部の球種使っちゃったのなんて、いつぶりだろ?ほんと最高だよキミ)
相変わらずニヤニヤしっぱなし。持ち球全部使う羽目になって向こうも苦しいはずなのに、それで喜ぶなんてタチの悪い変態としか言いようがない。でも責める気にはなれない。多分あたしも頬が緩んでるはずだから。
「……ッ!良いぞー月出里ー!!」
「タイミング合ってるぞー!」
「負けるな逢ちゃーん!」
「蜜溜ちゃん、まだまだ球は走ってるんだ!」
「あとワンストライクだ!きばっていけ!」
「ルーキーに格の違い見せてやれや妃房!」
誰かの応援から堰を切ったように、あたしと向こうの変態に次々とギャラリーからの声援が送られる。散々あたしのことを"戦犯"とか言ってたくせに、調子の良い人達。
******視点:妃房蜜溜******
この声援……月島さんと勝負してた日暮さんもこんな気分だったのかな?アタシが初めて日暮さんを観た時の気持ちを、他の人達にも教えられてるのかな?
だけど、この勝負を本当に楽しむ権利があるのはアタシとあの子だけ。
……生物にとっては、退化もまた進化の内。いらない部位や機能をなくすことで、それを維持するための栄養素を削減できるようになる。運動をしない人間の筋肉が衰えるのもそう。ライオンはライオンで居続けるために、鋭い牙と大きな身体を必要とするけど、ライオン以上になる必要はない。『勝つための理由』がなきゃ、生物はタンパク質を惜しんで進化することができない。
『ライオンはウエイトをしない』んじゃなく、『するという発想がそもそも生まれない』だけ。言うまでもなく、適度な量だって考えられない。だけど人間は考える力があるから、『勝つための理由』を自分で作り出し、勝つための手段を講じることもできる。遺伝を重ねなくても進化することができる。
今アタシの目の前にいるのは、まさにアタシの『勝つための理由』そのもの。速球という力で仕留めきれず、変化球という小細工を弄しても仕留めきれない。このままおめおめ負けてちゃ、『投手をやらないと不便でしかない身体』に生まれてきた意味さえも失ってしまう。それは『人間』という種ではなく、『妃房蜜溜』という種の存亡の危機とも言い換えられる。
だからこそ、本能に鞭を打つことができる。人間の意志の力は、進化の壁さえもブチ破れる。
「……!!?」
「ファール!!!」
「これは……!」
「ひゃ、164……!!?」
「底なしすぎるだろ、あの化け物……」
「164km/h!164km/hです!妃房、ここにきて162km/hから自己最速更新!しかし……」
すごいなぁ……本当に飽きないなぁ……
「月出里、バットを折られながらもどうにかカット!」
(捉えきれなかった……しかも、あたしが力負けなんて……!)
だけど、次こそは仕留めてみせるよ……!
(次は完璧に弾き返してやる……!)
笑顔は本来攻撃的なもの……なんて言うけど、今のキミの表情はまさにそうだよね。最高に良い表情してるよ月出里逢。その調子でまだまだ楽しもう……!
「タイム!タイムじゃ!」
向こうの監督さんが何故か横槍。
「「チッ……!」」
向こうもそうだけど、アタシってこういう時に舌打ちしちゃうんだね。初めて知った。
「逢ちゃん、ほら!バットが折れたままじゃ打てないよ!」
「あ……!ご、ごめん……」
「おい妃房、お前も落ち着け!いくら何でものめり込みすぎだ!!」
……そういえば、バット折れてたね。与儀さんの言葉でちょっとだけ冷静になれた。
「それで、配球はどうする?シーズン中なら四球覚悟でチェンジアップを要求するところだが……」
「ボール球も配球の内ですけど、四球はアタシの負けです。できることをやり尽くす前にそんな逃げ覚悟のことなんてしたくありません」
「……まぁ、そう言うだろうと思った。さっきのまっすぐ、また投げられるか?」
「はい。手応えは掴んでます。元よりアタシもまっすぐ続けるつもりでした」
「フン、減らず口を……まぁよかろう。もし次のまっすぐでダメなら言うことを聞いてくれるな?」
「その時は仕方ないですね。そうなったら意地でも低めいっぱいに決めます」
「その意気だ。ここまでやったんだから、勝てよ?」
「もちろんですよ」
何だかんだで投手に寄り添ってくれるよね。頑なに下の名前では呼ばせてくれないけど。




