第二十一話 フィノム(4/9)
******視点:雨田司記******
「良いぞ逢ー!どでかいのかましたれー!!」
「じっくり見ていくんだ月出里!」
柄にもないことをしてるけど、妃房蜜溜に投手として大きい顔をされるのは不本意だからね。何故これだけ粘れてるのかはわからないが、勝ってくれるのならありがたい。
「……天野さん、リリィさん、気づきました?」
「どうしたの桐生くん?」
「月出里さんのフォーム……いつもよりも綺麗じゃないですか?」
「……!そういえば……」
「まだ多少のぎこちなさはありますが、それでも普段と比べたら明らかに形になってます。理由はわかりませんが、妃房さんの投球についていけてるのと何か関係があるんじゃないでしょうか……?」
確かにそうだ……普段も当てるとこまでは上手くいってる。ただ、どれもそのスイングスピードに見合わない平凡な打球ばかりで、2球目のあの異常な速度のライナーは初めて見た。それもフォーム改善によるものなのか……?
「……?秋崎、どうしたんだ?」
「あ、うん。逢ちゃん、そろそろバット折っちゃうかなぁと思って準備してるんだよ」
「……!そういやこの打席、アイツまだバット折ってなかったな。いつもならとっくに1本か2本折っててもおかしくないのに……」
「それに、逢ちゃんの目がいつものかまぼこじゃないね」
「いや、それは別に良いだろ……」
******視点:三条菫子******
「さっきすみちゃんが言ってた『打てるのは妃房蜜溜くらい』ってのは、こういうこと?」
「そういうことよ。月出里逢が打てるのは、『妃房蜜溜が良い投手だから』。『良い投手』ってのは、要は『打者が打てる見込みがより少ない投手』よね?『だから』打てるのよ」
「……『だから』?『だけど』じゃなく?」
「わけがわからないわよね?……ま、この辺はまた今度教えてあげるわ」
******視点:妃房蜜溜******
(……どうする?振り遅れ気味のまっすぐを続けるか?)
いや……振り遅れてますけど、それでもタイミングは修正してきてる感じがしますね。まだボール球は2つ使えるから、アレで決めにいきましょう。それで勝てたら御の字、ダメでも手札を敢えて見せることで迷いを生じさせることも期待できます。
(なるほど、手札を惜しみなく使う覚悟か。とことん本気だな……よかろう。ここまで来たらとことん付き合ってやる)
首振り1つでしっかりこっちの意を汲んでくれる。本当に良い捕手ですよ、与儀さん。
だけど、これはあくまで『投手と打者の勝負』。勝者への誉れも敗者への謗りも、全部投手と打者のものです。世の中の捕手全員に怒られちゃうと思いますけど、『投手と打者の勝負』の前では捕手は突き詰めていけば"オヒキ"でしかないんです。捕手は良い打者に対して最適な魔球を提案することはできますけど、最後にどれにするのか決めるのも魔球を放つのも、いつだって投手なんですから……!
(外角ストレート……!)
小学2年生から野球を始めて、『肩が強くて左利きだから』ってのよりも周りの優しさで最初から投手を任されて、そこから一番最初に覚えた変化球。自分の身体とも周囲の環境とも相談しながら改良を重ね続けて、もう原型はほとんど残ってないけど、それでも一番付き合いの長い変化球。おかげで制球は微妙なままでも、『ストレートに見せかけるためにできるだけ同じフォームで投げる』のだけは磨きをかけてこれた。おかげでスリークォーターの時はあまり頼りにできない。
(……!!!)
それがこのチェンジアップ。高速にしたのも、騙すことに特化するため。
(踏み込んでスイングも始動してる……!これで仕留めた……!!)
(ッ……!)
……!!?
「バットは……回ってません!」
「ボール!」
「これでツーツー!なんと月出里、妃房の151km/hチェンジアップまで見切ってしまいました!!」
「蜜溜ちゃんのウイニングショットが破られた……!?」
(今のでバットが止まるの……!!?)
(踏み込んで前にいった体重を後ろに無理やり戻して身体全体の動きを止めた……って、うちのばあちゃんなら言いそうだな。あの高速変化をギリギリまで見極められる眼、体幹の強さ、下半身主導の理想的なフォーム。全部揃ってないと、あんなのできっこないなぁ……)
(高速チェンジアップの最速更新、決して悪くない外寄りコースと高さ、これだけの条件が揃ってても打ち取ることが出来んとはな……!普通の投手なら間違いなく匙を投げるような状況だというのに……)
すごいよ……本当にすごいよ月出里逢……!アタシの長年の試行錯誤を台無しにしてくれるなんて……おかげでまだこの勝負が楽しめる……!!
(あのニヤケっ面だからな……"変態女王蜂"め、捕る方の身にもなれ!)




