第二十一話 フィノム(3/9)
******視点:トリスタン・ミラー******
「すごい……!すごいよ逢ちゃん!ねぇ、神楽ちゃん!雨田くん!」
「お、おう……」
「……マグレ、とは思えないね……」
(やっぱり大した奴だよ、月出里……)
「フォッフォッフォッ!やりおるのう小娘!!」
「流石やゴールデンルーキーちょうちょ!(テノヒラクルー」
「ワイは信じとったで!(テノヒラクルー」
「連続三振がなんぼのもんじゃいサメカスゥ!(テノヒラクルー」
「ま……マグレなんだ!今のはただのラッキーパンチなんだ!」
「ただの高卒ルーキーなんかが蜜溜ちゃんを打てるわけがないんだ!」
「バニキの手首を粉砕してやるんだ!」
……しくじったNA、ルーキーガール。今ので仕留められなかったのは痛手DAZE?
(全く……やってくれたな小娘。たかがオープン戦で蜂の巣をつつきおって……!)
ご愁傷様DANA、マルコ。この回が終わったら休ませてやるから安心SHINA。
******視点:妃房蜜溜******
アタシのまっすぐをたやすく見極める眼。あれだけ引きつけても引っ張りすぎれるほどのスイングスピード。そしてサードの捕球可能範囲ギリギリを通過したはずなのに場外まで飛んでいく打球速度。そして何より、今のアタシを前にしても全く恐れを帯びてないその凛とした表情。
「ふふっ、ウフフフフ……アハハハハハハハハハ!!!!!!!」
「……!!?」
最ッ高……!最高すぎるよ月出里逢……!!!そうだよ、アタシはキミみたいなのを待ってたんだよ!!!!!
グローブをはめてなければかきむしりたくなるほど胸が高鳴る……!命が燃えるようなこの感覚……!!これだよ、これこそアタシが恋焦がれてた勝負……!!!
おかげで頭が冴え渡る……連続撮影してるかのように、投球動作の一挙手一投足を認識できる。たかが『球を投げる』という単純な目的のために、全身の運動エネルギーを白球に集約できる……!
「!!?」
「……す、ストライーク!」
「で……出ました!ついに出ました!!妃房蜜溜の160km/h!!!」
「ど真ん中ですが、これはちょっと手が出ませんね……」
「うおおおおおおおおお!!!!!」
「これなんだ!これこそが妃房蜜溜なんだ!」
これがアタシのトップギア。もうツーストライクなんだから、次はちゃんと振らないとダメだよ?ここまでアタシを昂らせたんだから、あっさり終わっちゃダメだよ?責任取って、最後まで楽しませてね?
(……別に意図したわけではないが、幼少の頃、左打ちに転向して本当に良かったよ。何せ妃房のトップギアを捕りすぎると、しばらく左手がまともにバットを握れなくなるんでな。故に、空振りで終わるとしてもあと1球で仕留められてくれると助かる)
「ちょっと……!さっきまでのでも本気じゃなかったの……!?」
「スピードもキレもさらに増して……!?」
「どこまでもバケモンじゃのう……」
******視点:三条菫子******
別にあの子は今まで手を抜いてたわけじゃない。何ならゲーム序盤だって、あの子なりに真剣に投げてはいた。単純に『能動的に実力を引き出せないし、手を抜くこともできない』と言うだけの話。ただただ自分の才能に振り回されてるってだけの話。
とはいえ、自分の意志が全く働いてないわけではないはず。たかがオープン戦の、ツーアウトランナーなし。こんな状況で高卒ルーキー相手にエース級のピッチャーが負担上等で手の内まで晒す理由なんて、『何よりも良い打者と勝負がしたい』以外に思いつかない。
その勝負への飽くなきこだわりの根底に何があるのかは、流石の私でも推し量ることはできないけど、きっとその才能を腐らせることなくここまで磨き上げるに足るほど崇高なものなんでしょうね。
だけど、これだけははっきりと言える。"世界の頂点に君臨しうる器"として生まれ、その才能に振り回されてるのは、月出里逢も同じ。
******視点:妃房蜜溜******
球威がトップギアだからって、それだけに頼るつもりはない。
「……!」
「ファール!」
(振らされた……!)
「4球目は内角スライダー!しかし月出里、かろうじてカット!」
「今のよく当てましたね……146のあのスライダーを……」
ボールゾーンを駆使するのも投球。だけど、今のをよく凌いだね。それでこそ戦り甲斐がある……!
(フッ……一応左対右。内へ入り込んでくる球は外に逃げる球と比べればバットが届きやすい分、当てるだけならまだできるだろう。何だかんだで変化球故に球速はまっすぐほどではないからな。だが今の残像が残ってる状態で、次のまっすぐは捉えられまい……!)
「ファール!」
(……え?)
「5球目159km/hバックネットへ!」
良いね良いね、一筋縄ではいかない。それこそが勝負だよ。




