第三話 だからあたしは、今はまだ『未知』であり続ける(5/6)
「……アタシが一番尊敬してるプロ野球選手の話、しても良いかな?」
「あ、はい」
「その人はアタシと同い年のピッチャーでね。顔も良いし学校の成績も良かったらしいし、高校までは本当に凄かったんだけど、プロに入ってからはさっぱりでね。たまに一軍行ってもせいぜい客寄せパンダが関の山」
ん?それって……
「あ、ところでヴァルチャーズの睦門爽也って知ってる?」
「はい……ヴァルチャーズのレギュラーショートで去年の新人王ですよね?」
「そうそう。その子、実はアタシの高校の同級生なんだよ。しかも高校まではピッチャーだったんだよ」
「そうなんですか!?」
驚いた。あの人、すごい守備してたけど……
「と言っても、高校の頃はピッチャーとしては爽也くんよりその尊敬してる人の方が上でね。勝ってた部分は球速くらいかな?……ま、プロに入って早4年目。今の立場はご覧の通りだけど。アタシも高校の時は2年秋から爽也くんの後ろでショートやってたから、アタシもついでに負けた気分だよ」
呆れたように笑うふり。
「ちょっと前に、尊敬してる人にそのことをからかう?つもりで言ったんだけどね……」
『別にどうでもいいんだよ。同年代のライバルが自分より上か下かとか、客寄せパンダ扱いする奴を見返すとか。俺がしたいのは純粋にプロ野球選手として応援してくれてる奴の期待に応えることだけだ』
「……だーってさーwwww一軍でローテを1年間守れたこともないチェリーボーイが生意気にねwwwww」
「あはは……」
本心で嘲笑ってないのは明らかだから、付き合って一緒に笑ったふり。
「……ま、アタシなんてそもそも一軍で試合したことすらないんだけどね。ただでさえアルバトロスでも1つ上の先輩が活躍してて、おまけに同級生の爽也くんがあんなんだから去年は特に肩身が狭くてしょうがなかったよ。プロ入りした時からあんまり注目されてなかったのが不幸中の幸いだったかな?そもそもバニーズファンの中でもそれなりにディープな人くらいしかアタシのこと知らないだろうし。爽也くんは高卒で名門球団から1位指名。アタシも高卒だけど最弱球団から4位指名。まぁスタートラインからして大負けだね」
でもきっと、あの睦門さんの同級生だったんなら、プロ入りしたての頃はそれなりに期待されてたと思う。でも何年も一軍の舞台に上がれなかったから……
あたしも今はもしかしたら実績がなさすぎるのが却って注目の的になってる部分があるかもしれないけど、何年も結果を出せないままなら、前評判通りってことで片付けられて忘れられていくのかな……
「でも自分で言うのも何だけどね、これでもアタシ、一応ちょっとずつ前進してるんだよ?二軍の試合でも上位打線を任されるようになったり、成績もちょっとずつ伸びたり。そのおかげで二軍戦にきてくれる人からアタシを個人的に応援してるって言われるようになったし、何よりも尊敬してる人には良いプレーをするたびに褒めてもらえるようになったし」
徳田さんが目を輝かせながら眉を立て、あたしの顔を見つめる。
「だからアタシは、自分を"未来の一億円プレーヤー"とか、"天才内野手"とか、大それたことを言い張り続ける。みんながアタシを応援するのは正しいんだって証明し続ける。尊敬してるあの人は絶対に将来ウチのエースになるから、アタシはあの人の後ろを守るのにふさわしいスターに絶対になる」
……そっか。だからこの人は……
「そんで年俸いっぱい貰ってー、青山の一等地買ってー、カイエン乗り回したり?あのオーナー、バックに三条財閥がいるし、金払いは結構期待できると思うんだよねー」
徳田さんは初対面の時みたいにふざけてみせる。だけどこの人の本当の部分はもうわかってる。
「馬鹿にされて悔しいのは当たり前だけどさ、下を向いて前に進んでも上を向いて前に進んでも結果は同じなんだから、その間に相手にするのは好きな人とか自分に優しくしてくれる人とかの方が、逢ちゃんも良いでしょ?」
だから、素直に首を縦に振った。この人は信じて良い側だと思う。
「あの、徳田さん……ありがとうございます!」
「んー良いよ良いよ。新人の世話係らしく余計なお世話しちゃっただけだからさ。あ、それとアタシのことは『火織』で良いよ。もしくはアタシのファンみたいに『かおりん』か」
「……はい、火織さん!」
流石にそこまでは砕けられない。
「そんじゃ、おやすみ。明日の練習も頑張ろうね」
「はい、おやすみなさい」
ソファの前のガラステーブルに置いといたスポドリは汗をかいて、ちょっとぬるくなってた。だけど佳子ちゃんと神楽ちゃんにとっても、こっちの方が身体に良いかもしれない。火織さんに言われた通り、そう思うことにしよう。
……だけど、あの2人はどうなんだろう?あのクズどもがクズだとわかって、火織さんが良い人だと思えたからこそ、あの2人が本当はどうなのかが気になってしまった。人当たりが良くて、誰でも仲良くなれそうな佳子ちゃん。真っ直ぐで、頼れるお姉ちゃんって感じの神楽ちゃん。だけど、ほんとはどうなんだろう?
あたしのこんなとこ、ほんと嫌になる。こんなあたしを隠してるあたしこそ、他の人に軽蔑されるのがきっと普通なんだと思う。
音を立てないように、そーっと部屋のドアを少しだけ開ける。
「やー、まいったな。やっぱプロは甘くねーな」
「ねー……わたしも体力には自信があったけど、周りの人達みんなすごいしついていくのがやっとだよ……」
「大したもんだよ逢の奴は。同じ埼玉の同い年の奴なのに全然名前聞いたことないからさ、正直どーよとは思ってたけど……練習にちゃんとついていけてるだけアイツの方が全然すげーや」
「だよね。振旗コーチにダメ出しはされてたけど、スイングものすごかったし。プロになった以上、今までがどうとかなんか関係なく、これから逢ちゃんに負けないように頑張らなきゃ」
少し涙ぐんで、余計に自分が小さく思えてしまった。スポドリに少し残った冷たさを目元に伝えてから部屋に入った。
最初の最初で周りに恵まれたのが、あの時あたしが勝てた大きな要因だとあたしは信じてる。
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