第二十一話 フィノム(2/9)
オープン戦 バニーズ 0 - 0 シャークス
5回表 2アウト ランナーなし
○天王寺三条バニーズ
[先発]
1代 ■■[右右]
2代 月出里逢[右右]
3右 松村桐生[左左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 天野千尋[右右]
6指 リリィ・オクスプリング[右両]
7捕 冬島幸貴[右右]
8中 相模畔[右左]
9三 ■■■■[右右]
投 百々百合花[右右]
[控え]
早乙女千代里[左左]
伊達郁雄[右右]
有川理世[右左]
夏樹神楽[左左]
秋崎佳子[右右]
・
・
・
[降板]
徳田火織[右左]
相沢涼[右右]
●横須賀EEGgシャークス
[先発]
1遊 数橋艶[右左]
2右 深海御厨[右左]
3一 ■■■■[右左]
4左 天竺甚兵衛[右左]
5三 小森大瀬[右右]
6捕 与儀円子[右左]
7指 頬紅観星[右右]
8二 ■■■■[右左]
9中 ■■■■[右右]
投 妃房蜜溜[左左]
[控え]
綾瀬小次郎[右右]
長尾七果[左左]
恵比寿唯一[右右]
・
・
・
******視点:妃房蜜溜******
いつ"最高のスラッガー"と巡り会えても良いように、いつも試合前に対戦相手の野手の名前とかは一通り覚えてる。ウグイス嬢さんが『月出里』って呼んでたから、"ちょうちょの子"の名前は月出里逢……珍しい苗字だけど、可愛い名前だね。アタシは自分の名前が嫌いなわけじゃないけど、音だけだとどっちかと言うと男の名前だから羨ましいよ。
何にしても、投球回を延長した甲斐があったよ。試合前にすれ違った時のあの感覚で、キミのことがずっと気になって仕方がなかったからね。
「えー……代打の月出里逢は去年のドラフト6位の高卒ルーキー。埼玉出身の内野手で、ポジションは主にショートとのことですが……▲▲さんはご存じでしょうか?」
「正直、球界では聞かない名前ですね。昔、総合格闘技関係でそういう名前を聞いたことがある気がするのですが……」
「あ……それと、登録上の年齢では年度基準で19歳となってますが、誕生日が3月25日なので、実年齢はまだギリギリ17歳だそうです」
「若いですねぇ。一般的には遅生まれの選手の方がプロアマ両方で有利と言われてますが……」
「あ、もしかしてあの子ってネットでちょっと話題になったシークレットレアの子?」
「ああ、ドラフト会議で顔写真すらなかったっていう……」
「えらい可愛いけど、そういう事情ならいつものバニーズの"顔だけ枠"かねぇ?」
「ここで戦犯ちょうちょかぁ……」
「前の試合じゃ三振はしとらんかったけどなぁ」
「まぁ十一連続の生贄役ならちょうどええんちゃうか?」
(ウチのファンはもちろん、バニーズの方のファンもいまいち盛り上がってないし、この小柄な体格。情報そのものが皆無に近い点から言っても、何故育成指名ですらないのか謎なレベルと見るべきか……)
与儀さんはいつも通りアレコレ考えてるみたいだけど、アタシは見た目がどうとか、前評判がどうとかなんて全く気にしないよ。良い打者の実力というのは、勝負の中でこそ滲み出るもの。勝負の舞台は常に過去ではなく現在なんだからね。だから、バットを持って打席に立ったら、どこの誰であろうと等しく『アタシに勝てる可能性を帯びた打者』。手を抜く道理なんてないよ。
「ふぅん。あの子、歳も背番号もわたしと同じなんですね」
「HAHAHA!気になるKA?ミホシ」
「気になるというか……今の妃房さんを前にして全く平然としてる感じがして、何というかすごいなぁって」
「……確かにNA。落ち着いてるどころか、妙な迫力があるZE」
******視点:三条菫子******
「あの子が出てきたのは良いけど、本当にあの子、妃房を打てるの?」
「……確かに、あの子はまだ未完成。仮に野球ゲームみたいに1年間ペナントを回してみたって、1割も満足に打てないと思うわ。何せ今のあの子が今の日本球界でまともに打てるピッチャーなんて、多分『妃房蜜溜くらい』よ」
「……え?」
未完成なのは妃房蜜溜も同じだけど、それでも、私の予想が正しければ……
******視点:与儀円子******
「プレイ!」
まぁ良い。誰が来ようが、今日の妃房を打つのは至難の業。仮に負けても問題のない試合だ。妃房、最後までお前のやりたいようにやらせてやる。
(ありがとうございます!)
とりあえずはこれから入るか。
「ボール!」
「初球はインコース速球150km/h!」
見送り方に妙に余裕があるな。特に危ない球ではないが、それでもインコースボールゾーン。結果的に避けずとも当たらないところだったが、それでも軽く身体を逸らしただけで済ませた。普通の新参者が代打として送られてきたのなら、追い込まれるのを恐れて今の球を振っててもおかしくはないのだが……まぁ考えすぎても仕方ないな。次のまっすぐはちゃんと入れろよ?
(はい)
いつも通り、通常の投手よりもやや高く脚を挙げ、そこからの正統派のオーバースロー。そこから放たれるのは、並々ならぬ球速と球質を兼ね揃えたフォーシーム。
長年キャッチャーをやってれば、投球がミットに入るまでの刹那に判定が何となく見える。このコースは間違いなくストライクゾーンを通る。月出里からもスイングの気配は感じられない。
(よし、これで並行カウント!)
そう。妾もそう確信した。
人間の動体視力は、実際には150ほどの球になると最後まで目で追うことはできない。途中からは経験による『慣れ』や予測によって脳が補完する。ミットに投球が収まる実際の位置や瞬間を妾の脳が予測し、まさに捕球を開始しようとしたその瞬間。バットヘッドが突如目前に現れ、投球の軌道を遮った。
(え……?)
聞き慣れてるようで聞き慣れない、乾いた音。球は閉じたミットの中にはなく、サードのファールゾーン側を通過し、一瞬でレフト方向場外へと消えていった。
「「「「「…………」」」」」
連続奪三振の栄に浴した妃房の投球を捉えられ、その上、弾丸の如き打球。あまりの出来事に、球場全体がしばし静まり返った。
「!!!ファ……ファール!」
ようやく沈黙を破ったのは、審判のコールだった。
「ちょ……ちょっと待て、何や今の打球……!?」
「えげつな……」
「150mは軽く飛んだやろ今の……」
******視点:EEGg帝都本社開発部部長******
「ッ……!スコアラー班!解析はまだか!?」
「出ました!……!?ぶ、部長!これをご覧ください!!」
「な……!?」
スイングスピード、166km/h……打球速度、190km/h……!!?
「部長、これは……」
「ああ……」
あくまで俺達が収集してる範囲の話だが、スイングスピードの日本球界最速は"球界最強打者"と名高いヴァルチャーズの友枝弓弦が叩き出した163km/h。そして、打球速度190km/hの領域に到達した打者というのはメジャーでもほんの一握りのスラッガーのみ。日本球界だとウチの4番で球界屈指のスラッガーでもある天竺ですら、180km/hに届くかってくらいだ。
なのにこんな数字を、たかが17の小娘が蜜溜ちゃん相手に叩き出したって言うのかよ……!?




