第二十話 世界の頂点に君臨しうる器(8/8)
オープン戦 バニーズ 0 - 0 シャークス
5回表
○天王寺三条バニーズ
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 松村桐生[左左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 天野千尋[右右]
6指 リリィ・オクスプリング[右両]
7捕 冬島幸貴[右右]
8中 相模畔[右左]
9三 ■■■■[右右]
投 百々百合花[右右]
[控え]
早乙女千代里[左左]
伊達郁雄[右右]
有川理世[右左]
夏樹神楽[左左]
秋崎佳子[右右]
月出里逢[右右]
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●横須賀EEGgシャークス
[先発]
1遊 数橋艶[右左]
2右 深海御厨[右左]
3一 ■■■■[右左]
4左 天竺甚兵衛[右左]
5三 小森大瀬[右右]
6捕 与儀円子[右左]
7指 頬紅観星[右右]
8二 ■■■■[右左]
9中 ■■■■[右右]
投 妃房蜜溜[左左]
[控え]
綾瀬小次郎[右右]
長尾七果[左左]
恵比寿唯一[右右]
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******視点:三条菫子******
「それが……」
「ええ、それが妃房蜜溜よ。あの子にとって投手をやる目的は『良い打者との勝負』、ただそれだけ。その結果、試合自体が勝とうが負けようがお構いなし。試合を預かる投手としての責任感なんてこれっぽっちもない。仮に打者が勝って出塁することで走者になったとしても、別に悔しがるでもなく、その時点で興味の対象は『続く打者との勝負』。盗塁なんてどうぞお好きになさってくださいと言わんばかりにね。言うまでもなく、投手同士の投げ合いなんてのは頭の片隅にすらない」
「そういえばさっき愚痴ってたね。『忘れられてた』って」
「あの子と投げ合った時、投球に集中するために打席で手を抜いたもんだから、記憶の彼方に吹っ飛ばされちゃったみたいね。こんなことになるなら一打席くらい本気を出すべきだったわ」
「良い時限定とはいえ、間違いなくシャークスで一番良いピッチングができるのに、次のエース候補は長尾って言われるわけだね……」
「長尾は逆にピッチャーとして責任感がありすぎるくらいだし、おまけに実力も十分エースを名乗れるレベルだから尚更ね。全くもって"エースもどき"という他ないわ。なのに野球の神様って酔狂よね。あんな子に『投手として限りなく完璧に近い身体』と『史上最強の投手になりうる才能』両方をプレゼントするんだから」
「……すみちゃん」
「心配ないわよ。別に恨みとか妬みとかじゃないから」
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「●●さーん、ナースコールよー」
「まーたあの人……いい加減にしてくれないかしら?」
「しょうがないでしょ、三条財閥のお嬢様なんだから。ぞんざいに扱ったらどんな仕打ちが待ってるか……」
「妃房さんにとって、『"良い投手"の条件』とは何でしょうか?」
「そりゃもちろん、『"良い打者"に勝てるかどうか』だと思いますよ。野球には守備とか走塁とか色んな要素がありますけど、結局全部『投手と打者の勝負』が根本にあるんです。だから、たとえ150とか160の球なんか投げられなくても、良い打者に勝つことを諦めずに、自分ができる全てを尽くせる投手が投手であるべきだと、アタシは思ってます」
「なるほど、内角を厳しく攻めたりとかそんな感じですかね?」
「……あ、でもビーンボールは個人的に好きじゃないですね。アタシが一番尊敬してる投手も……」
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あの子はむしろ、私を救ってくれたんだからね。
******視点:柳道風******
「5回の表、バニーズの攻撃。9番サード■■。背番号■■」
「ストライク!バッターアウト!!」
「高速チェンジアップ146km/h!これで九者連続三振!打者一巡を完全シャットアウトです!」
(ちょっと、チェンジアップで私のまっすぐの最速に並ばないでよ。ほんと凹むわ……)
(しかし勿体無い……去年のペースと同じだと、これだけ好調な妃房なんてシーズンに数回しかないだろうし、こんなオープン戦で、しかもバニーズ相手とは実に勿体無い……)
(せっかく1回延長したのに、"あの子"は出てこないのかなぁ……連続奪三振とかはっきり言って全くどうでも良いから、せめて最後にちょっとくらいは楽しみたいんだけど……)
うーん、参ったのう。本当にバケモンという他ない。
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。バッター徳田に代わりまして、■■。1番代打、■■。背番号■■」
「次の相沢のとこでも代打を出すつもりじゃが、誰か希望者はおるかの?おらんかったらワシが適当に選ぶつもりじゃが……」
「…………」
やはり、好き好んで出場機会使ってまで晒し者になろうとするもんはそうおらんか。
5回ワンナウト。通例だと、おそらくもうこの回であのバケモンはお役御免のはず。こやつらとて、いくらワシでも今の妃房に負けたことで評価を落とすほど鬼ではないのは理解しとるじゃろう。じゃが、こやつらは曲がりなりにもプロ野球選手。アマチュア環境から厳選された野球エリート。だからこそわかるのじゃろう。『あのバケモンに立ち向かっても、自信を喪失するだけになりかねん』とな。
ワシも半世紀以上球界に関わってきたが、あれほど底の見えん投手は初めてじゃ。現役の頃のワシでも絶対逃げておったわ。
「……はい!」
じゃがやはり、この小娘は違うようじゃの。最初から手を挙げておったのに、わざわざ声まで出して……
「他に希望者はおらんか?」
「…………」
「よし、よかろう。次の代打は月出里、お前に任せよう」
「はい!ありがとうございます!」
皆揃って、月出里の方を見つめる。大体のもんはあのバケモンに好き好んで挑む無謀さに半ば呆れておるのかもしれんが……
「……ッ!」
一部の者は気づいておるようじゃの。あの普段澄まし顔で、顔立ちの良さがなければまるで目立たないであろう物静かな小娘が、いつもとはまるで違う覇気を纏っておるのが。
その凜とした面構えは処刑台へ歩んでゆく敗者のそれにあらず。怪物に立ち向かう英雄のそれじゃな。
「月出里よ」
「……?」
「老い先短い"クソジジィ"に、面白いもん見せてくれよ?」
「答えに困ります」
「フォッフォッフォッフォッ!今更可愛げなんぞ出さんでええわ。一度喧嘩した仲なのじゃからな」
「じゃあせめて、やれるだけのことはやってきます。"監督"のためじゃなく」
「……それでええ。頑張ってこい」
期待しておるぞ、小娘。
「ストライク!バッターアウト!!」
「十連続!これで十連続奪三振です!!留まることを知りません、妃房蜜溜ッッッ!!!」
「最高なんだ蜜溜ちゃん!」
「ああ^〜ポジが止まらんのじゃ^〜」
「バニキには申し訳ないけど、ここまでくればもう十一連続を狙うしかないんだ!」
「ポジサメくんウッキウキで草」
「まぁ逆に十一連続喰らった方がネタにされる分ええんとちゃうか?(投げやり)」
「流石に最後の生贄には同情するけどな」
贔屓の天才投手の無双で沸き立つシャークスファンと、長年の負け慣れのせいで開き直り気味のバニーズファン。
そんな球場の空気が、ほんの少しだけ変わった。
「お、おい……ネクスト見ろよ……」
「え?アイツって……」
「!!!」
(ようやく来てくれた……!)
いつもはその速度を誇示するかのようにネクストで素振りをしておるが、今日はマウンド上のバケモンが投げてる間はただしゃがんでその様子を見つめ続けて、今はフォームへの意識を重視してかゆっくりと素振りをしておる。何から何まで、普段とは違うのう……
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。バッター相沢に代わりまして、月出里。2番代打、月出里。背番号52」
******視点:三条菫子******
遂にこの時が来た。
私が今日ここに来た最大の目的……それは、『現時点で月出里逢というファンクションに妃房蜜溜というアーギュメントを与えた場合、想定通りのリターンが得られるかどうか』の検証。その結果は今後の私の計画を大きく左右する。
この時、私以外のほとんど誰もが気づいてなかった。この球場で、"世界の頂点に君臨しうる器"は妃房蜜溜だけではないことに。
次回、第二十一話 フィノム
タイトルが第一章の章名と同じなので、第一章で一番の山場だと思います(進次郎並の解説)




