第二十話 世界の頂点に君臨しうる器(5/8)
オープン戦 バニーズ 0 - 0 シャークス
4回表
○天王寺三条バニーズ
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 松村桐生[左左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 天野千尋[右右]
6指 リリィ・オクスプリング[右両]
7捕 冬島幸貴[右右]
8中 相模畔[右左]
9三 ■■■■[右右]
投 百々百合花[右右]
[控え]
早乙女千代里[左左]
伊達郁雄[右右]
有川理世[右左]
夏樹神楽[左左]
秋崎佳子[右右]
月出里逢[右右]
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●横須賀EEGgシャークス
[先発]
1遊 数橋艶[右左]
2右 深海御厨[右左]
3一 ■■■■[右左]
4左 天竺甚兵衛[右左]
5三 小森大瀬[右右]
6捕 与儀円子[右左]
7指 頬紅観星[右右]
8二 ■■■■[右左]
9中 ■■■■[右右]
投 妃房蜜溜[左左]
[控え]
綾瀬小次郎[右右]
長尾七果[左左]
恵比寿唯一[右右]
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******視点:雨田司記******
4回の表。リリィさん、冬島さん、相模さんと続く打順。少なくともボクからしたら実力に決して不足は感じないけど、それでもクリーンナップ組が全く歯が立たなかった投手に敵うはずもなく……
「ストライク!バッターアウト!!スリーアウトチェンジ!!!」
「カーブ空振り三振!!これで八連続三振ッッッ!!!」
……相変わらずの化け物ぶりだな、妃房蜜溜。
(くそッ!ふざけんなよ!あんなエグい真っ直ぐに気持ち悪いくらい曲がるカーブなんか混ぜられたら打てるわけねぇだろうが!!)
「最高なんだ蜜溜ちゃん!」
「お願いだからメジャーには行かないで(懇願)」
「▲▲さん、今日の妃房は本当に素晴らしいですねぇ。2回の満塁以降、真っ直ぐはほぼ全て150km/hオーバー、他の変化球の仕上がりも上々に見えますが……」
「ええ。彼女は調子の波が大きいのが悩みどころですが、ノってる時はどれほどのものかはプロ初登板の時に証明済ですね。この球威でしかも左投げ。まさにマウンドの上に君臨する絶対王者ですよ」
妃房蜜溜は本人には悪気は一切ないようだけど、本当に気まぐれな投手だ。立ち上がりは大体悪く、エンジンが最後まで全くかからないことも珍しくないし、逆にプロ初登板の時みたいに立ち上がりからそれなりに調子が良くて終わってみればノーノーなんてこともある。そして調子が良い時でも悪い時でも共通して制球は大体アバウトだけど、だからこそ高い奪三振率が球威の凄まじさを物語ってる。
本当、投げてる球は凄いんだよ。ボクでさえ一目で憧れるくらいにね。
「メジャーでは飛び抜けて優れたピッチングを『支配的』と表現するそうですが、まさにこういうピッチングのことを言うんでしょうねぇ」
「確かに、こんなピッチングができてるなら妃房も気分が良いでしょうねぇ。4回の表、この回も三者凡退。妃房の連続奪三振はどこまで続くのでしょうか?」
だがきっと、こんな投球をしてても妃房蜜溜は満足してない。
(……つまんないなぁ)
打席に立ってる時の月出里とよく似た、あのかまぼこをひっくり返したような冷めた目を見なくてもわかる。妃房蜜溜が性格的にどういう類の投手であるかを、ボクは知ってるからね。
「HEYミツル、4回のピッチングお疲れCHAN。あと1回投げるKA?」
「んー、そうですね。投げます」
(次の回で向こうの打線三巡目に入るから、もしかしたら"あの子"が出てくるかもしれないしね)
(フッ……連続奪三振がどうとかなんてまるで気にしてないんだろうな。捕る方としてはあんなのをあんまり捕り続けたくはないのだが)
「4回の裏、シャークスの攻撃。1番ショート、数橋。背番号5」
妃房蜜溜ほどの派手さはないけど、堅実に最小の出塁で、同じく無失点の百々(どど)さん。ここまでは流石のエースのピッチングだけど、問題は二巡目以降。
現代プロ野球では昔と比べて投手1人あたりのイニングの消化数が少なくなってる。一部の昔からの人間はこの点を嘆いてるけど、別に今の投手が軟弱だからなのが原因ではなく、もっと他の原因がいくつもある。
特に根本的な原因となってるのが、『打者の平均的なレベルの向上』。これがあるから投手も消耗覚悟でベースの球威を引き上げなければならないし、仮に球数や体力的に投げ続けられる余裕があったとしても打者の『慣れ』によって終盤に打ち込まれる可能性があるから、リスク回避のためにリリーフの投入が普通になってる。イニングの消化は投手個人の単純な根性だけで成し得るものじゃない。
……ま、この辺は旋頭コーチの受け売りなんだけどね。
「アウト!」
「あっちゃあ、ちょっと上っ面だったなぁ……」
だからと言って、第一打席より第二打席の方が結果が必ずよくなるわけではない。投手側だって立ち上がりに心配な部分はあるし、運だっていくらでも絡んでくる。
「2番ライト、深海。背番号3」
よく聞く『打率3割』というのも、別に『常にヒットが出る確率が30%』という意味ではない。逆の『被打率』もまた然り。あらゆる状況、あらゆる投手あるいは打者との勝負を積み重ねた結果であって、単純に同じサイコロを同じお椀の中で振り続けたりするのとは全然違う。
「ファール!」
「うげっ、怖ぇ……」
「あのチビ、可愛い顔してメチャクチャ飛ばすなぁ……」
(30本打つ奴が2番におるのはほんまめんどくさいで)
(長打を打つ打者なら甘いとこに投げられないけど、無駄にボール球投げたくない打順だしねぇ)
だからこそ、単純な確率では成功しづらい状況で成功を引き当てられる者が"一流"と呼ばれる資格を得られる。
「ボール!フォアボール!」
「悪いね。俺、そういうの振らないから」
制球の良い百々(どど)さんでも、長打を警戒すれば綻びが生じることもある。そういう風に勝負の流れを持っていく『駆け引き』もまた、一流の打者に必要な能力……ってことだね。
「打ったァ!」
「ナイバッチなんだ■■!」
「さっきのアンラッキーの分だぜ!」
「4番レフト、天竺。背番号25」
3番打者にヒットを許し、ワンナウト一三塁で4番の天竺甚兵衛。去年はロレンツィーニや深海御厨ほど目立った数字は残せなかったけど、それでも最多四球で4番としての風格を見せつけた。2年前に至っては3割40本100打点という超一流の成績も残してる。間違いなくシャークスの最強打者だ。
「さぁ0-0の状況が続いてますが、ここで一打先制のチャンス!」
「タイム!」
流石のこの状況。冬島さんがマウンドへ向かっていく。
「百々さん、大丈夫っすよ。次は小森さんですし、最悪歩かせても……」
「……幸貴くん。ちょっと相談があるんだけど……」
「え……?」
続く打者は小森さん。去年の首位打者ではあるけど、高打率の右打者で、しかも脚も速くないから併殺も多い。だけど二桁本塁打のパワーもあるから、ここで勝負を避けたらリスクも大きい。エースとスラッガー、お互いの実力の見せ所と言える。




