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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
122/1130

第二十話 世界の頂点に君臨しうる器(3/8)

オープン戦 バニーズ 0 - 0 シャークス

2回表 2アウト満塁


○天王寺三条バニーズ


[先発]

1二 徳田火織(とくだかおり)[右左]

2遊 相沢涼(あいざわりょう)[右右]

3右 松村桐生(まつむらきりお)[左左]

4左 金剛丁一(こんごうていいち)[左左]

5一 天野千尋(あまのちひろ)[右右]

6指 リリィ・オクスプリング[右両]

7捕 冬島幸貴(ふゆしまこうき)[右右]

8中 相模畔(さがみくろ)[右左]

9三 ■■■■[右右]


投 百々百合花[右右]


[控え]

早乙女千代里(さおとめちより)[左左]

伊達郁雄(だていくお)[右右]

有川理世(ありかわりせ)[右左]

夏樹神楽(なつきかぐら)[左左]

秋崎佳子(あきざきよしこ)[右右]

月出里逢(すだちあい)[右右]



●横須賀EEGgシャークス


[先発]

1遊 数橋艶(かぞえばしひかり)[右左]

2右 深海御厨(ふかみみくり)[右左]

3一 ■■■■[右左]

4左 天竺甚兵衛(てんじくじんべえ)[右左]

5三 小森大瀬(こもりおおせ)[右右]

6捕 与儀円子(よぎまるこ)[右左]

7指 頬紅観星(ほおべにみほし)[右右]

8二 ■■■■[右左]

9中 ■■■■[右右]


投 妃房蜜溜(きぼうみつる)[左左]


[控え]

綾瀬小次郎(あやせこじろう)[右右]

長尾七果(ながおなのか)[左左]

恵比寿唯一(えびすゆいいつ)[右右]

「2番ショート、相沢(あいざわ)。背番号3」

(やはり投げ方が変わってもコントロールがアバウトなのは変わらねぇみたいだな……打てる球をどうにか粘り強く待ちつつボール球稼ぐしかねぇか)

「妃房を満塁に追い込みながらも既にツーアウト!ここで打席に向かうのは名手・相沢!」

「頼むで相沢!」

「向こうの数橋(かぞえばし)に負けるんちゃうぞ!」


 ここで相沢か……去年ショートのUZRで12球団2位、しかも打っても打率.273、出塁率.344、35犠打。十分な脚力もある。弱い球団のオールラウンダーはなかなか世間と記者投票では評価されない典型例だな。去年、数橋がブレイクしなかったら営業の連中と殴り合いをしてでもFAの時に獲りにいかせてたかもしれねぇ。


「ボール!」

「ストライーク!」

(ストレートゴリ押し……左の150ってだけでも厄介なのにこれだけ浮いてくると……百々(どど)と早乙女(さおとめ)のまっすぐのいいとこ取りしてさらにオマケを付けた感じだな)

(とはいえ、相沢(あいざわ)はバニーズ打線で数少ない実績のある実力者。簡単には攻められん)


 3球目に投じられたのは、一見するとさっきまでよりもやや球威に欠けるまっすぐ。


(絶好球……!)


 と、思わせて……


(な……!?)


 手元で鋭く滑り落ち、相沢のスイングは空を切った。


「ストライーク!」

(スライダー……!?腕の振りを変えて縦寄りになるのはわかるが、ここまで変わるのか……!!?)


 3つ目の魔球はスライダー。フォームの分、変化は縦寄りで、今のトレンドに沿ってスピードとキレ重視。蜜溜(みつる)ちゃんの球種の中では比較的シンプルで尖った部分はねぇが、カウントを稼ぐのにも三振を奪うのにもゴロを打たせるのにも使える、本来のスライダーとしての用途を最大限に追求した汎用性のある1球種と言える。


(くそッ……!)

「ファール!」

「4球目ストレート当てていきましたファール!」

「満塁になって以来、初めてバットに当たりましたね。レギュラー組の意地ってとこでしょうか?」

(徳田(とくだ)の奴が最近目立ってるが、アイツはまだ一軍にすら上がれてねぇヒヨッコだ。甘いの上等で球威だけでゴリ押しする投球にあっさりやられるほど、オレはぬるくねぇぞ……!)

(良いね良いね、そういうのアタシ大歓迎だよ。円子(まるこ)さん、対右だし、スライダー・カーブじゃなくてアレ、投げても良いですよね?)

(……仕方ないな。捕るのが(わらわ)でありがたいと思え)


 フォーシーム、スライダー、カーブ……カーブは昔と比べてやや使い手が減ったが、それでも『変化球』と言われて一番に連想する人間は今でも多いだろう。フォーシームはツーシームがあろうが投球の基本だし、スライダーは言うまでもなく現代の日本球界のトップメタ。玄人目線だと、こういうありきたりなスタイルで傑出した存在を評価したがるものだが、それでも人間、何だかんだでウイニングショットとか、個性のある何かを投手に求めたがるものだ。高校野球の影響で投手信仰が根強い日本なら尚更な。

 蜜溜ちゃんの球種は全てが等しく最高峰だが、それでも1つ、『あまり使い手がいない』という意味で個性のある球種がある。それが最後の1つであり、世間ではそれが蜜溜ちゃんの便宜上のウイニングショットとして目されてる。


「さぁ第5球!」

(このスピード感と軌道……スライダーじゃねぇ、ストレート!)

(……そう思うよね?)


 今度こそはと言わんばかりに踏み込む相沢。


(は……!?)


 しかし、そのフォーシームのような何かは手元で急激にブレーキがかかり、落下によってまたもや相沢のバットは空を切った。


「ストライク!バッターアウト!!スリーアウトチェンジ!!!」

「三振!二者連続三振ッ!!バニーズ、千載一遇のチャンスを逃してしまいました!!!」

(いや、これは流石に責められんわ……)

「な、何や今の球……!!?」

「あんな落ちる球やのに145出たで……」

「ついに出たんだ!蜜溜ちゃんの必殺の一球!!」

「アレを打てる奴なんかいないんだ!」

「いやぁ、やはり今年も健在ですね。妃房のチェンジアップ」

「あのチェンジアップは確かに大したものですが、だからこそ、与儀も良い仕事をしましたね。あの場面はバッテリーミスでも失点の場面ですから、並の捕手ならあんなスピードで落ちる球はそうそう投げさせたくないものですよ。あれを難なく捕ってみせる捕手がいてこそ、シャークス自慢の左腕投手陣が光るんだと思います」


 あれこそが妃房蜜溜(きぼうみつる)の代名詞的球種。『チェンジアップ』という名を冠していながら、『タイミングを外す』というような本来の用途から逸脱し、フォーシームの約95%の球速を叩き出し、その落差でひたすら空振りを奪い取る。一時期とあるメジャーリーガーによって広くその名が知れ渡ったが、使い手自体は決して多くない。


 それが、蜜溜ちゃんの最後の1球種、高速チェンジアップ。




******視点:柳道風(やなぎみちかぜ)******


 こんな状況じゃからベンチは盛り上がってるわけではないが、かと言ってそこまで沈み込んでるわけでもない。本番の試合ではないし、こっちも百々が投げてて無失点。勝ち負けにこだわるとしても、今日の試合で妃房が完投することはほぼありえんしの。

 ただ、逆に妃房が投げてる間は色々と覚悟せんといかんじゃろうな。今日は将来も見据えて若いもん中心の布陣じゃが、良い経験を積ませるどころか悪いイメージを抱いてしまわんようにある程度の気遣いは必要じゃろう。現に今日スタメンに抜擢された野手陣には余裕がまるで感じられん。逆に処刑台に立たされたような心地かも知れんの。

 そしてベンチの野手陣も概ね似たような雰囲気。少ないアピールチャンスを活かしたいからこそ、あのバケモンが投げてる間にお鉢が回ってこないようにと心中では願っとるんじゃろう。


 ……そう、あそこにおる物好きな小娘を除いてな。

 あの小娘、妃房が本気を出した辺りからいつもの澄まし顔を忘れて、釘付けになって笑っておった。それもその顔はあのバケモンと同じ類のもの。そして今は何やら拳2つ縦に重ねて思案に耽っておる。


「フォッフォッフォッフォッ……」


 全く、本当に何かと期待させてくれる面白い小娘じゃ。若い頃の樹神(こだま)旋頭(せどう)でももう少しはおとなしかったのにのう。

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