第三話 だからあたしは、今はまだ『未知』であり続ける(4/6)
無難にペットボトルのスポドリを3本。最近の自販機はICカードとかでも支払いができるみたいだけど、あたしは現金払い。プロになるのをきっかけに、そういう立場であって恥ずかしくないように契約金で最低限のものを揃えた。本当は家のために貯金しておきたかったけど、お父さんとお母さんに
「こういう時くらい欲しい物買いなさいな」
「お前はプロに憧れてプロになったんだから、今度は逆に憧れられるようにならないとな」
って言われちゃって。その内の一つがこの財布。あたしでさえ知ってるようなブランドのものはとてもじゃないけど手が届かないけど、少なくとも社会人として恥ずかしくない?くらいの物をお母さんにいくつか選んでもらって、一番気に入ったのを買った。前の財布はもしもの時のお金を入れてる。
正直、あたしは高い車とかバッグとか持ってる姿に憧れたんじゃなく、単純に日本で一番レベルの高い環境で活躍する姿に憧れた。だからあたしとしては本当はやっぱり年俸とかは最低限でも良いから1年目からバリバリに活躍したい。実力だけでプロであることを示したい。だけど今のあたしはこうやって着飾ることでギリギリプロとしての体裁を保ってるだけ。振旗コーチと約束した通り、時間をかけて努力するのは良いけど、その分、その間は姿形だけプロとして振る舞うというのはどうしても億劫。あたしはこのままでも可愛いんだから、わざわざ高いもので着飾るのはそれに頼ってる感じがして、むしろ嫌なんだけど。
「ん?」
エントランスの方が騒がしい。誰かいるのかな?
「キャハハ!財前さん、それほんとぉなんですかぁ〜?wwww」
「チョーウケるんすけどwwww」
「あのスダチってチビ、マジでンなこと言ったんスかぁ〜?wwwww」
「『あたしは世界で一番のスラッガーになります。そうなれるって、オーナーが言ってくれました』……だってさwwwww」
打撃練習の時のあたしのセリフを再現してるザイゼン?さんと、取り巻きっぽい人が3人。二軍キャンプで集合した時にチラッと顔だけは見た。あたし以上に癖毛の強いぶりっ子っぽい人、黒髪で顔はそこそこ良いチャラ男、めちゃくちゃ背が高くて化粧の濃いギャル。
あたしの可愛い声をあんな裏声で再現できてたまるか。クソが。
「あの身の程知らずのチビ、口だけはいっちょまえですね〜wwww」
「まぁまぁw財前さん、実際のとこあのチビのバッティングどうだったんすか?」
「スイングだけは速いんだけど、他はヘボだなwフリーバッティングでもゴロばっかwwww」
「アハハwwwwwバッピすら打てねーのかよwwwwwまじウケるwwwww」
……ふぅん。
「あの現役JDにオーナーが代わっても、見た目だけの奴ばっかなのは変わんねーなwwww」
「あのオーナーこそ見た目だけだしなぁ。そのくせあのオーナーの改革とやらのせいで練習がキツくなったみたいだし、マジかったりーわ……」
「そんなことしなくてもアタシ達がすぐ一軍に上がって活躍してやんのにね。実力とか才能が評価されねーのマジ辛いわー……」
「ピッチャーとしても経営者としても使い物になんねーんだから、本家の偉い人相手に枕でもしてカネだけ落としてくれりゃ良いのにねーwwwww」
大人になっても、あの時みたいなクズはどこにでもいるもんなんだね。あたしへの悪口だけじゃ弱いけど、雇い主への悪口なら理由は十分だよね?
少なくともあたしは許せない。あの人への悪口は絶対に許せない。というかあたしへの悪口も見逃すわけにはいかない。あの時みたいにならない為にも。
「やるか……」
右手で握る動きを繰り返しながら、エントランスに近づく。問題にはなるだろうけど、大義名分はあるし、散々馬鹿にしたそのチビに一方的にシメられたなんて、ああいうクズどもにとっては屈辱でしかないだろうし。
でも、後ろから肩を叩かれた。
「……誰ですか?今ちょっと忙しいんですけど?」
「顔怖ッ!?アタシだよ!可愛い火織ちゃんだよ!!」
「あ、徳田さんですか……」
二軍グランドに着いた時に、氷室さんと一緒に声をかけてきた徳田火織さん。とりあえず、無理やり笑顔を作って誤魔化す。
「徳田さんもどうしたんですか?すっごい汗だくですよ?」
「あ……アハハ、外に野良犬がいて追っかけられてたんだよねー」
息を切らす徳田さんの言葉も、どこか誤魔化してるような感じがする。
「……ま、こんなとこで立ち話もなんだし、向こうで話さない?」
「あ、はい……」
徳田さんに促されて、少し離れたところにあるソファに座った。同じスポドリを徳田さんも1本買って少しだけ飲んで、ジャージの胸ポケットから出した禁煙パイポを吸いながら呼吸を整えてた。
「んで、逢ちゃん。ひょっとして財前さん達に嫌なこと言われたの?」
「え……?そうですけど、何でわかるんですか?」
「んー、まぁあの人達とは前にちょーっとねー……」
意味ありげにソファにもたれかかって、天井を見つめる徳田さん。
「悔しい?」
「……はい。あたしだけじゃなくて、あたしの大事な人も悪く言われて……」
「まぁそうだろうね。でも良いじゃん、そんなの気にしなくてさ」
「でも……」
「そりゃ自分はともかく自分の大事な人悪く言われたら腹が立つと思うけど、気にしてたらプロとしてやってけないよ?お昼に見たと思うけど、二軍の試合だって人がいっぱい集まるんだよ?もちろん、嫌なこと言う人だっているんだからね。そのたびに目くじら立ててたら、その悪く言われたとこどうにかする時間だってなくなっちゃうよ?」
……確かに。ふざけたことばっか言う人だと思ったけど……