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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
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第十九話 ビフォア・ザ・■ン■■■リ■■(6/9)

******視点:三条菫子(さんじょうすみれこ)******


 特別席に通されて、腰をかけて少しジュースが残ったコップをテーブルに置く。美味しいけど、やっぱりちゃんとしたご飯が食べたい。立場がなければガッツリ食べ歩きに行きたいんだけど。


「お、おまたせ……」

「どうしたのよ、随分長かったじゃない。月出里逢(すだちあい)と何かあったの?」

「ななな何もない!何もなかったから!!」


 優輝(ゆうき)ってば、何を慌ててるんだか。


「あ、もう始まってるんだね」

「ええ。相手はシャークス。まぁウチから見れば大体がそうだけど、明確に格上の相手ね。妃房蜜溜(きぼうみつる)を抜きにしても」

「シャークス、ほんと変わったよね。おれ達が小学生の頃なんか今のバニーズよりも酷い状態だったのに」

「経営元も選手達もまるでやる気なしで、練習中にサッカーやってたって噂もあったくらいだからね。今のとこ、EEGg(イーエッグ)の建て直しは順調と言えるわね」


 シャークスの経営元、EEGg(イーエッグ)。『脳波』を意味する『EEG』をもじった社名からもわかるように、元々は先進医療機器の開発に携わってたとこで、その後ゲーム業界など様々な分野に事業を展開し、現在はCODE(コード)グループほどではないにしても国内有数のIT企業として世間でもよく知られてる。

 EEGgはシャークスを再建するにあたって、ドラフト戦略の見直しや選手の意識改革、練習環境の改善など、根本的なとこの改革も当然やったけど、それ以上に力を入れたのは宣伝と集客。元々の球場の立地条件の良さ、東京に人を吸われがちとはいえ首都近郊ならではの人口の多さを生かし、赤字覚悟の返金保証チケットの販売、選手達のプロモーションムービーの作成やグッズ展開、周辺地域とのより密な連携、SNSでの情報展開などで、特に若年層のファンの心を掴んだ。


「とはいえ、向こうも懸念事項がないわけじゃなさそうなんだけどね」

「……?まだ優勝できてないこととか?」

「まぁそれもあるわね。もうかれこれ20年くらいそうだけど、その辺は他球団との兼ね合いもあるから巡り合わせって割り切れるわ。EEGgがシャークスを買い取ってまだ10年も経ってないしね。それより問題なのはもっと根本的な部分、シャークスとEEGgがこれから先『どっちを向くのか』ってことね」

「と言うと?」

「シャークスは確かに現状、経営的には成功してるわ。私自身もシャークスの広報戦略を参考にしてるくらいだしね。結果だけ見れば貴方が言うように、『優勝』というプロのスポーツチームにとって最も目指すべき目標を達成できてないのも事実だけど、プロ野球は別に優勝しなくても儲けられる。むしろ経営側では、ギリギリで優勝を逃すくらいが選手の給料と収益のバランス的に一番良いって考える人間もいるくらいよ」

「そっか。つまりは『結果を取るか、実利を取るか』ってことだね」

「そういうこと。それに、EEGgは元々生粋の技術屋集団。宣伝と集客はあくまでメインではない。零細企業が二十年足らずで国内有数の大企業にまで成長する原動力になったほどの連中が、別の畑から来た新参者が収益の主役になってるなんて事実を笑って受け容れられるかしら?」

「……それは、すみちゃんの邪推?」

「一応、政財界ではちょっとした噂になってるわよ?黒字経営の維持を目指す、営業部門が中心の保守派。CODEを超えて企業も球団も日本一を目指す、開発部門が中心の急進派。営業部門が高学歴揃い、開発部門が現場叩き上げ揃いなのも相まって、水面下では相当バチバチらしいわよ?」

「その技術屋の人達、きっとすみちゃんみたいな人の集まりなんだろうね……」

「さもありなん。1人くらい引き抜きたいわ」


 そこまで把握しておきながら、その時の私は気が付かなかった。球場の上空で、複数台のドローンが飛行してることに。




******視点:???******


「スコアラー班、準備はどうだ?」

「ドップラーレーダー・光学カメラ、全て正常起動。視界良し。いつでも計測可能です!」

「部長、相手打者のデータ取れました。徳田火織(とくだかおり)。高卒4年目の内野手で、打撃ではモデルデータこそ不足しておりますが、内角球の捌きが得意とのことです」

「よし、特にインシデントはなさそうだな。引き続き手順通り計測作業を続けるように」

「「「「「承知しました!」」」」」


 かつて交通インフラが整ってなかった時代。シャークスは元々本拠地が本州の端にあり、その後も本拠地を転々としたせいで遠征で苦労した。それもシャークスが低迷し続けた理由の1つであったとされてる。当時のスコアラーやスカウトの苦労も想像に難くねぇ。

 だが、時代は進んだ。今ではここEEGg帝都本社開発部のオフィスにいながらも、機材の整ってない地方球場の試合であってもデータの収集が可能となった。『我が社のスタットキャスト・ドローンなら』と言うのが前置きに付くがな。


「部長、今日は蜜溜(みつる)ちゃんが投げますね」

「ああ、楽しみだ」


 プロ野球が興行であることは大いに結構だが、プロ野球選手はアイドルや芸能人じゃねぇ。大昔のメジャーリーガーの名言を借りれば、野球は男も女も闘争心を剥き出しにして戦う真剣勝負の場だ。血反吐たらしてベソかきながら身に付けた技と技で競い合うもんだ。自然の摂理に逆らってでも『進化』を希求するフリークが勝つ仕組みになってんだ。そんな姿を客に追い求めさせてこその興行だろうよ。確かにウチの選手達はある程度以上の実力は身に付けられたが、その辺を魂で理解できてる奴は蜜溜ちゃんと綾瀬(あやせ)天竺(てんじく)くらいのもんよ。

 蜜溜ちゃんよ。親から高いお受験代投資してもらったくせに物事を黒か赤でしか判断できないボンボンどもにも教えてやれ。シャークスが真に目指すべき野球をな。

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