第百七十六話 醜い過程(5/?)
長いようでそう長くもなかった緊急のオーナー会議。参加者はご多忙な立場の方だらけだから、出入り口がごった返してる。
「フフフ……貴様としては概ね満足のいく結果だったか?」
「……!ええ、まぁ……」
意外にも保田の爺様は帰りの列に加わらず私の元へ。
「後は保田オーナー次第ですが……」
「……『バニーズ以外の10球団も貴様の案に賛同した』。つまりそれは、ヴァルチャーズとCODEの疑惑を『球界全体の問題であると認識している』という証。約束通り、文福の件についてはワシらの方でも探ってやろう」
「ありがとうございます。お手数おかけいたします」
「"盟主"として、球界の秩序を乱す"何者か"に仕置きをする。ただそれだけじゃ。感謝される謂れなどないわ」
『探る』とかそんな生優しいやり方じゃないんでしょうけど……まぁ今回に関してはこの上なく頼りになるわ。
「大人の世界に肩まで浸かった感想はどうだ?」
「……気分の良いものではありませんね」
「それで良い。必要なのは『肩まで浸かる覚悟』だけだ。ワシや"あの小僧"……梅谷のように『染まる』必要はない」
そう言って、保田の爺様は黒服達と一緒に、少し空いた出入り口の方へ向かう。
あの爺様なりの激励……かしらね?ま、ありがたく受け止めとくわ。
「できれば真っ当な方法で返り討ちにしたかったけどね」
「まぁこれはこれでオレ達の腕の見せ所だ」
マイクやプロジェクタに繋いだノートPCを片付ける梨木とアヴリル。梨木の言う通り、私もできればそうしたかったとこだけどね。
……プロ野球はもちろん、直接戦うのは選手だけど、突き詰めていくと『札束の殴り合い』みたいなところがある。そして本質がたとえそういうものであっても、『勝ちにいく』のが絶対的な義務。
仮にどこかの球団の親会社がグレーな方法で税金を浮かして、そのカネを球団につぎ込んで"大正義軍団"を作り上げようが、同じリーグ、同じプロ野球組織内の球団は、その"大正義軍団"に最低でも『勝とう』とはしなければならない。そしてやっぱり対抗するための主な方法は『カネをつぎ込むこと』。プロ野球の球団間の競争はオークションのようなもの。
でも、プロ野球の経営者という立場でのベストは『なるべくカネをかけずに勝ちまくる』。もっと言えば『なるべくカネをかけずに儲けまくる』。結局は勝敗に関わらず球場に客が入れば商売は成り立つんだしね。『とりあえず客が離れない程度の実力があれば良い、よその球団も自分達と同じくらいの塩梅であってほしい』っていうのが、純粋に経営する上での本音。
ただ、ファンからすればやっぱり『贔屓の球団になるべくカネをつぎ込んで強くしてほしい』って考えるもの。そして今の国際社会だとメジャーなんかも比較対象になってしまうから、選手に対しても球団に対しても親会社に対しても、ファンの要求はますます大きくなるばかり。『国際試合で贔屓の球団の選手が活躍してほしい』とか、そう願ってしまうもの。
日本人の根底にある儒教的な価値観のせいでヴァルチャーズとかジェネラルズがやってるいわゆる『金満』路線を毛嫌いする人間は少なくないけど、『ファンの要望に応える』、『そもそものプロ野球の目的に沿う』っていう点では文句の付けようのない正解。そのカネの出処とか捻出の仕方が何であろうが、純粋なファンからしたらどうだって良いこと。ファンにとっちゃ贔屓の球団が勝つことで自分達も勝者を気取る権利はあれど、そういう大人の世界の事情まで考える義務なんてないんだから。
私達が企てたことは、一応の大義名分はあるけど、他球団の経営者の本音である『なるべくカネをかけずにヴァルチャーズに勝ちたい』ってのを利用してる部分がある。真っ当にプロ野球をやるって点では『邪道』と定義することもできる。事情を知らない人間から見たら、特定の球団をよってたかって囲い込んで潰しにいってるようなものだし。
そしてHIVEについても、最初から導入は義務じゃない。他のツールを導入する選択肢もあった。なのにバニーズとシャークス以外はコスト面や、『同じ球界の同志なんだからいくら何でも』とかそういう薄っぺらい信用から導入してしまった。その時点で、良く言えば『球団の運営の一部をヴァルチャーズに委託』、悪く言えば『ヴァルチャーズに隷従した』ようなもの。12球団は全て同格のはずなのに自らの手で自らの格を落とす……それはもはやファンへの背信行為。だから仮に本当にHIVEでデータを傍受されてたとしても自業自得。ヴァルチャーズやCODEだけを"絶対的な悪"として断ずることはできない。
……それでも、私は球団のトップとして、球団を勝たせ、選手の名誉を守る義務がある。そして何より、私個人の目的のために、逢を大舞台に立たせる必要がある。
たとえ醜い過程がいくつあったとしても、私はそのたった1つの望みを叶えてみせる。
「なかなか面白い『内緒話』でしたよ」
「松木オーナー……」
ジェネラルズのトップだけじゃなく、シャークスのトップもお出まし。松木聖子。シャークスのオーナーにしてEEGgの会長。
「な、言っただろ?HIVEはヤバいって」
「ハハハ!やだなぁ、まだ完全に決まったわけじゃないですか」
そして松木オーナーの後ろには部下と思われる男が2人。『EEGgは球団の方針を巡って派閥争いが活発』って噂を肯定するかのような光景が繰り広げられてるけど、松木オーナーは後ろを振り返ることもなく涼しい顔のまま。まるで『もっと争え』と言わんばかりに。
「三条オーナーの目論見通りに運べば、2年連続優勝も見えてきますわね。こちらはシャークスを買収してから10年近く経っても優勝に漕ぎ着けない始末。そちらのご手腕を見習いたいところです」
「いえいえ。たまたま選手に恵まれ、運が傾いただけです。逆にこちらはシャークスの球団経営を参考にさせていただきました」
「それは光栄ですわ」
「……ところで、話は逸れますが……妃房選手の復帰については順調でしょうか?」
「ええ。あまり詳しくは話せませんが、『計画通り』とだけ」
なら何よりだわ。
「辛酸を舐め続ける体たらくですが、彼女の復活の暁には、シャークスのトップとしてリコのリーグ制覇を……そしてEEGgのトップとしてCODEにも勝つつもりですよ。梅谷さんに対する手札を1枚、三条オーナーに先取りされてしまいましたけどね」
「……!」
「そして優勝の暁には、帝国シリーズでバニーズと相対したいものですね。あの人を疑ってたもの同士で。今回の件、我が球団に直接ご協力できることはありませんが……我が球団がリコの頂点に上り詰めるまで、そちらもリプの頂点であり続けることをお祈りさせていただきます」
……やっぱりこのおばさんも最初から気付いてたみたいね。HIVEだけじゃなく、SNSの方のCODEについても……
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