第百七十六話 醜い過程(2/?)
******視点:赤猫閑******
6月15日。二軍球場。
一軍の方は交流戦の予備日でお休みだけど、二軍は関係なく今日も練習。
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「今の打球、どうでしたか?」
「打球速度181km/h、角度もバッチリですね」
今年は全体的に主力の野手陣が開幕から出遅れ気味だったけど……
「調子良さそうね、朱美ちゃん」
「どうもっす!」
「あまり誰かにばかり肩入れできる立場じゃないけど……頑張りなさいね?」
「もちろんっす!黒潮さんにはもう負けないっすよ!」
朱美ちゃんは休み明けから一軍昇格が内定済み。理世ちゃんがキャッチャーとして出る機会が増えてる関係で色んなとこが守れる黒潮くんはまだ降格はないでしょうけど、バットが湿ってきてるとこが懸念点ね。
……でも、個人的に今一番心配なのは……
「あ、あの……傾歪スポーツですが、今取材良いですか?」
「…………」
向こうでまた取材を催促されてる冬島くん。練習だけ見てる限りでは一昨日くらいまでより何か吹っ切れた感があるけど……
「練習中です。そういうのは後にしてもらえますか?」
「あ、すみません……」
「…………」
別に感謝されたくてやったわけじゃないけど、冬島くんはあたしの姿をほんの少し見ただけで練習を再開する。
例の子供、どうなっちゃうのかしら?ほんと、子供を作ることに不誠実な人間は例外なくクソだわ。
……でも、やっぱりあたしのような立場だと、冬島くんにはあたしのお父さんみたいになってほしいと、ほんの僅かに期待してしまう自分もいる。こんなこと口に出したら絶対に嫌われるってわかってるから言わないけど、どうしても例の子供にはせめて幸せになってほしいと願わずにはいられない。
ほんと、女って度し難い生き物だわ。あたしも含めて。
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******視点:乾両刃 [仙台オプティウッドペッカーズ 外野手]******
6月19日。ペナントレース再開3日目。
シーズン中盤でリーグ3位、気合いの入れどころやけど、よりによって初っ端からヴァルチャーズとのカード。正直最初はペンギンズに3タテ喰らった後で勢い落ちてるやろって高をくくってたとこがあったんやけど……
「6番センター、乾。背番号8」
「ツーアウト一塁二塁、一発で同点。打席には乾。今シーズンは守備走塁のみならず打撃も好調。打率.274、OPSも.750以上。ヴァルチャーズにとっても怖いバッターです」
今日も今日とてビハインド。
「打ちました!しかしこれは当てただけ、サード捕ってそのまま三塁踏んで……」
「アウト!」
「スリーアウトチェンジ!ウッドペッカーズ、ツーアウトからチャンスを作りましたが得点には至りませんでした!」
"守備の人"脱却のために今年はフォームも改造してここまでやってこれてるのに、嫌なとこにスライダー。やっぱヴァルチャーズはやりづらいわ……
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「ゲームセット!4-1!ヴァルチャーズ、ペナントレース再開1カード目からスイープ!」
……3位言うても、ヴァルチャーズとバニーズばっかりが勝ちまくってる状態やしな。
「やっぱペンギンズが異常なだけだったばい」
「バニーズどうなった?」
「負け越したい」
「こりゃもう今年は決まりだろ」
「冬島はかわいそうやけど、身から出たサビやけん」
幸貴……
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明日はオフで移動日。今夜は福岡のホテルで一泊。
「遥、今日は何してた?」
「冷凍弁当の作り置き。最近野菜が高くて敵わんわ」
「ははは……」
試合で勝てず、俺自身も活躍できんかった日も、遥と電話で何気ない会話すれば明日からまた頑張れる。やけど、今は遥の声を聞いてると……
「な、なぁ遥……」
「ん?何?」
「結婚のことやけど……」
「指輪決まった?」
今年、一軍でしっかり活躍できたら籍を入れる。シーズン入る前から2人で決めてたことやけど……
「いや……俺さ、最近また"守備の人"になってもうてるやん?それに正直、今年は優勝厳しそうやし。やから、その……」
「幸貴のことやんな?」
「…………」
やっぱお見通しやんな、遥なら……
「うちらに関係あるん?」
「そんな言い方……」
幸貴があんなことになったんも、元を辿ったらもしかしたら俺らが……
「うちらが何か遠慮したら、幸貴の気が晴れるん?」
「…………」
「そんなん、幸貴のことバカにしてるだけとちゃうん?」
「……せやんな、すまん」
「……まぁでも、わかるわ。気持ちは」
週刊誌にタレ込んだ奴は許せへんけど、誰なのかはわからへん。それにぶっちゃけ、ウチの今年の優勝は厳しいってのも本音。やからせめて、ヴァルチャーズが幸貴おらん間にちゃっかり勝ちまくるのだけは阻止したかったのに……余計に悔しいわ。
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