第百七十五話 英雄譚の裏側(6/6)
「あ……」
「「「「……!」」」」
保田の爺様と話を終えて応接室を出ると、車椅子に乗った老婦人と、その車椅子を押す黒服の男。老婦人は上手く言葉を発せず、表情もほとんどないけど、保田の爺様の方を見て震える手を伸ばしてる。
「オーナーをお迎えに上がりたかったご様子でしたのでお連れしました」
「おお、そうか……よく来てくれたな、ありがとう」
「あ……」
『自分が絶対的に偉い』と信じて疑わず、いつもニヤニヤと笑ってる保田の爺様。今も表情は変わってないけど、車椅子の方に駆け寄って、目線の高さを合わせて老婦人の頬に手を当てる姿は、世間の"球界の独裁者"というイメージとは全く重ならない。
「奥様ですか?」
「ああ……後はワシが押す。貴様は下がって良い。ご苦労」
「ハッ!」
「今はこうじゃが、若い頃は貴様や、貴様のところの"ちょうちょ"とやらすらも比べものにならんほどの美人じゃった。家内としてもワシのことをよく支えてくれた。なのにワシは仕事にかまけてばかりでな……こうなってから今更になってどれだけ大切な存在なのかわからされた」
「…………」
「……一つ聞いて良いか?」
「どうぞ」
「"奴"が『例のツール』を売り込んで来た時から、ワシは『何かある』と気付いておったと言えば、貴様は単に『ジジィの強がりだ』と思うかのう?」
「思いませんよ。そういうお方ですから、今もこうやって球界の頂点に君臨されているのだと存じております」
「世間というものはバカじゃからのう。ワシもできることなら未来永劫この球界や報道の世界で"黒幕"であり続けたいところじゃが、ワシも家内も人間。家内はもちろん、ワシももう長くはない。ワシがどんなに駄々をこねようが、未来は貴様ら若造のもんじゃ。そしてその未来には"奴"のような男など、これから先いくらでも現れ続けることじゃろう」
「……『未来を任せるに足るかどうかお試しになりたかった』……ということですか?」
「貴様が今日ここに来て、それがわかってるのなら、ワシもこれからは家内とゆっくり余生を過ごせるかもな」
「…………」
「今度の内緒話、ワシほどではないにせよ癖のあるジジババが大いに集まるが、失望させんでくれよ?」
「……保田オーナーにはもう少し働いていただきますよ。先ほど『協力する』と約束していただいたんですから」
「結構。楽しみにしておこう」
そう言って、老婦人の車椅子を押しながら保田オーナーは立ち去っていった。
「あ……」
「バカを言うな。あんな小娘に浮ついた気持ちなどないわ。お前と結婚してから一度たりとも浮気などしとらん」
多分オリンピックの時も逢のことを都合の良い広告塔にしてたんでしょうし、まぁロクでもない爺様であることに変わりはないけど……世間からじゃ決して見えないところにああいう一面もあるものなのね。
今のこの球界のゴタゴタもそうだし、加藤についても何をしでかしたのか逢から聞いて驚いたけど、『英雄譚の裏側』には意外な真実が色々と隠れているものね。
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******視点:梅谷本慈[博多CODEヴァルチャーズ オーナー]******
6月13日。会長室でデスクワーク中。
「梅谷会長、ご報告です。本日、保田オーナーと三条オーナーの接触があったとのことです」
「……ほう。ご報告ありがとうございます」
そろそろバレましたかねぇ……?まぁあれだけ大っぴらに動いていれば無理もないですね。御前さんにはもう少し期待していたんですが……残念ですよ。
「中膝……議員と連絡は取れますか?」
「ハッ!少々お待ちください!!」
まぁ良いでしょう。これもトップの勤めというものです。それに、こういう時の『人質』ですからね。