第百七十五話 英雄譚の裏側(5/?)
******視点:房田本史 [博多CODEヴァルチャーズ球団社長秘書]******
6月10日。今日も社長室でナイター観戦。今日からホームでペンギンズと交流戦最終カード。
「ウフフ……良い展開ねぇ。リプを代表する立場として……」
「……ですね」
ミクロの観点でも、マクロの観点でも。
今日はエースのお菊で、まだ中盤ながらも1点リード。ここまでリプ全球団に対して勝ち越してるペンギンズ相手に順調な滑り出し。
そして、冬島を失ったバニーズも急激に勢いを失ってる状態。今日は山口が先発だからキャッチャーは有川なのは変わらないけど、それでも強打者1枚の差は大きい。しかも珍しく5回5失点の炎上。
……とても褒められたもんじゃないけど、社長の戦略は上手くいってると言える。もうこうなった以上、時間を巻き戻すことはできない。ウチとしては今の内にバニーズを突き放しておきたいところ。
「4番サード、猪戸。背番号55」
「いくらリコで圧倒的に打ってるって言ったって、リプの投手のレベルの前には……」
「!!!逆方向!これはレフトもう動きません!!入りました第17号、同点ソロホームラン!!!」
「「…………」」
ウチはドーム球場でテラス席もあるから比較的ホームランは出やすい……友枝もいるから、左打者の逆方向もさほど珍しいものでもない。
しかし今の一発……逆方向なのに外野が一歩も動かないとんでもない当たり。友枝でもあんなのはなかなか打てない……
「ふっ、フフフ……まぁこのくらいの一発はね……」
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「引っ張った!しかしこれはセカンド正面のゴロ!」
「アウト!」
「試合終了!3-0!ペンギンズ、5連勝!対リプ全球団勝ち越しで、交流戦最終試合も勝利で飾りました!!!」
「「…………」」
昨日の段階でペンギンズは交流戦同率1位は確定してたが、まさかの3タテ……しかも『アレ』を導入してるペンギンズ相手に……せっかくバニーズも5連敗だというのに……
「……まぁ良いわ。リコの球団相手。帝シリまでに調べ上げれば……」
そんなことを言ってるけど、明らかに社長の機嫌は悪い。
……これも一種の天罰……なのかもしれないな……
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******視点:九十九旭******
6月13日。ジェネラルズのホーム、帝都ドーム。
交流戦が終わって今日から4日間のオフ。しかし当然、練習はある。というか練習はせねばならない。
春先こそジェネラルズが首位を走っていたが、今はペンギンズが交流戦で完全優勝を果たしたことで独走状態。流石に天下のジェネラルズが2年も続けて同じチームの後塵を拝するわけにはいかない。小生個人としても、今年は走攻守全てでキャリアハイを狙える状態だからな。
「……!?」
そんなことを考えながらグラウンドへ向かっていると、まさかの人物の姿。三条主将……しかも吉備元監督が随伴して……
「え?あれ、バニーズの若オーナーじゃね?」
「何でこんなとこに……?」
同僚選手やコーチ達もその姿を認めて困惑する。シーズン中、しかももう交流戦は終わったというのに……
「お、おい!九十九!?」
……これは決してやましい気持ちからではない。球界の一員として、球界の動向を裏側まで詳細に把握するため。そんなわけで、三条主将の後を密やかに追う。
「お久しぶりです、保田オーナー。本日はお忙しい中お時間をいただき、誠にありがとうございます」
「フフフ……大阪から遠路はるばるよく来たのう、三条のとこの小娘」
!?保田老……事実上の"球界の首魁"たるあの御方と……!!?
「例の週刊誌の件じゃな?」
「はい。詳しくは後ほど……」
そう話し合いながら、三条主将一同は応接室へ入っていった。
……『週刊誌の件』。そうか、先週の冬島氏の一件か。確かにあの顛末は悲惨としか言いようがないが、結局は個人的な痴情のもつれのはず。にもかかわらず、保田老に接触するとは……いくらメディアに関わる話と言っても……
つまりあの一件、『球界全体のレベルで何か裏がある』ということか……
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******視点:三条菫子******
帝都ドームの応接室。こちらは私と吉備、そして向こうは保田の爺様とその側近、実に豪華な四者面談が今日ついに実現した。
「では早速、貴様らの要望を聞こうか」
「こちらからの要望は2つです。まず、先週の週刊文福の記事……我が球団の冬島選手に関するスクープについて、告発者などの真相究明にご協力をお願いしたく存じます」
「その一件はその選手風情の……大目に見ても『バニーズ一球団の問題』じゃろう?ワシらが協力する理由はないはずじゃが?」
「……この一件は、『球界全体の問題』の一端であると私どもは認識しております」
「ほう……と言うと?」
「とある球団が、球団や選手個人の情報を、ペナントレースで有利に立つために不正に利用している可能性があるからです」
「……その根拠は?」
「先日、加藤製薬から情報提供がありました。約10年前、新薬の基本特許出願について、SNSのCODEでのやり取りを傍受されたことで、CODEグループが巨額投資した企業が出願を先回りした疑惑があると」
「こちらがその資料となっております」
吉備が差し出した資料を、保田の爺様は素早く目を通す。
「……なるほど。報道はされんかったが、確かにこんな騒ぎがあったな。これと同じやり口である可能性があると」
「そして、SNSのCODEのみならず、現在ジェネラルズ含めて10球団が運用している『とあるツール』においても、件の球団は情報を傍受している可能性があります」
「……!」
「ですが、いずれも『可能性』の話です。そこで2つ目の要望ですが、緊急でオーナー会議を開催させていただきたく存じます。ただし、件の球団を除いて」
「ククク……大の大人が雁首揃えて内緒話か」
「少なくとも『ツール』の方については、球界全体を巻き込んで真相究明をする必要があるかと存じます」
「……良いだろう。その"賊"と思われる奴以外を全員呼び集めろ。ワシの名を使っても構わん。貴様の言う通り『球界全体の問題』であると定義するに足るのであれば、週刊誌の件についても真相究明に協力してやる。"賊"を追及する上での材料にするためにもな」
「ありがとうございます」
……とりあえず言質は取れたわね。第一段階はクリア。