第百七十五話 英雄譚の裏側(3/?)
6月10日、昼頃のサンジョーフィールド。今日から交流戦最後のカードをパンサーズと。
「三条オーナー。本日は急なアポイントメントにも関わらずご対応いただき、誠にありがとうございます」
「いえ……こちらこそ、球場にお呼び立てすることになってしまい申し訳ございません。ちょうど視察の日と重なってしまって……」
「構いませんよ。私としてもこの機会にバニーズ戦を生で見届けたいと思っておりました」
加藤信浩。加藤製薬の会長の孫にして、元プロ格闘家。私は格闘技は疎いけど、逢の経歴を調べた関係である程度は知ってる。日本チャンピオン防衛の過程で逢の父親にも勝って、その試合の少し後くらいに逢の父親は引退したって話。
大企業の御曹司で容姿端麗の天才格闘家。2010年前後くらいにお茶の間を賑わせた大スター。それが今じゃ年齢を重ねただけじゃなく、頭を丸めて僧衣で着飾って。そしてそんな姿に似合わない、大きくてカジュアルなボストンバッグを肩にかけて。
「あ、すみちゃん!」
「逢……」
「……!」
いつも通り早出してる逢と球場内の通路でバッタリと遭遇。まぁなくはない話よね。
「月出里、さん……」
「?すみちゃ……オーナー、この人は?」
「加藤さん。私のお客さんよ」
「……加藤さん……?」
「…………」
その名前を聞いて、そこそこ機嫌が良さそうだった逢の表情が曇って、加藤の顔をじっと見る。
「……加藤信浩?」
「はい、その通りで……!!!」
「!?」
加藤が肯定した瞬間、逢がものすごい形相で加藤の胸ぐらを掴む。
「ちょっ、ちょっと逢!何してるのよ!?」
引き離そうとするけど、流石の握力3桁。
「いえ、良いんです三条オーナー……」
「…………」
「それだけのことをしましたから……」
「……やっぱそうだったのかよ?親父をテメェは……」
「はい」
「そのテメェが何でこんなとこに来やがった?」
高身長で今でも筋肉質な加藤をそのまま片手で持ち上げて睨み続ける逢。
「は、ははは……流石、月出里さんの娘さんですね……」
「余計なことゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ」
「……情報を持って参りました」
「「……?」」
「一昨日の、冬島選手の件に関わる話です……この球団の……ひいては月出里さんの力になれればと思って……」
「…………」
「月出里さん、貴女の怒りは尤もです。ですが、私のようなくだらない人間に手を出して、貴女の華々しい経歴に傷を付けても詮無いばかりです。それよりも私を存分にご利用なさって下さい。その方がきっと、貴女のためになる」
「そうやって親父も口車に乗せたのかよ?」
「……返す言葉もございません」
「逢。詳しい事情はわからないけど、今はちょっと遠慮してくれる?」
「チッ……」
逢が手の力を緩めて、加藤が地面に足を着ける。
ブチギレてても私の言うことはちゃんと聞いてくれる。そこはありがたい話。
「命拾いしたな、クソが」
「全くですね」
「それで、その情報というのは?」
「……ここでは何ですので……」
「では、予定通り応接室にて……」
「……三条オーナー」
「ん?」
「あたしも付いていって良いですか?冬島さんの話だったらあたしも気になるし……」
「……!?いや、貴女は……」
「私は構いませんよ。親族の会社も絡むので、その辺の情報は内密にしていただきたいですが……」
「くだらねぇ話だったらさっきの続きだ。覚悟しとけや」
「そういうことですよね、やはり……」
よほど加藤には思うところがあるみたいね……月出里勝の敗北にはネットで色んな噂が流れてたって聞くけど、その関係かしらね……?
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