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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
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第十九話 ビフォア・ザ・■ン■■■リ■■(2/9)

「今日はどう?出れそうかしら?」

「えっと……やっぱりスタメンには選ばれませんでした。ベンチには呼ばれたんですけど……」

「まぁそうよね。でもオープン戦なんだから、きっとチャンスはあるわ。あの爺さんなら出たがってたら出してくれるわよ」

(あのクソジジィに媚売るのは癪だけどしょうがないか)

「はい!頑張ります!」


 その意気その意気。私が今日ここに来たのも、『最終確認』のためだからね。


「……ん?」


 ふと人の気配。この辺りはどっちかの球団の関係者しか立ち寄れないとこだけど、一応警戒を帯びつつその方向を確かめてみる。

 そこにいたのは、長身で短めの金髪の女。顔付きも中性的だけど、引き締まったユニフォーム姿がはっきりと身体の豊かな凹凸を炙り出してて、女であることがはっきりわかる。


「すみません、ちょっと通りますね」


 狭い通路の端と端を陣取ってた私達を迷惑がるどころか、むしろ横切るのが申し訳なさそうな態度。見た目とか体質とか野球絡みのこととかを除けば至極常識的な人間であることは、私もよく知ってる。


「久しぶりね」

「……えっと、バニーズのオーナーさんですよね?以前どこかでお会いしましたか……?」


 やっぱり覚えてない、か……同い年で、お互いプロ入り前から有名人。一回くらい投げ合ったことあるってのにね。


「いえ、ごめんなさい。私の勘違いだったわ」

「いえいえお気になさらず。では、失礼します」


 そう言って、礼儀と言わんばかりに少し身をかがめながら私達の間を通り抜けていった。


「あの人って……」

「そうよ。今のが妃房蜜溜(きぼうみつる)よ」


 妃房蜜溜が近くにきたあたりからずっと萎縮してた月出里逢が、ようやく口を開いた。単純に二回り以上背が高いとかそんな理由で怯むほど繊細な奴じゃないことは私も知ってる。


(あの人が……)


 それに、怖がるどころか少し口角が上がってる。本能で察したんでしょうね。アレが無意識に求めてる"怪物"なんだって。


(オーナーさんはテレビで観たことあるから知ってたけど、あの頭にちょうちょ付けた子は誰なんだろ?バニーズの選手なのは間違いなさそうだけど……もしそうなら、野手だったら嬉しいな)


 そして向こうも、多分同じ。




******視点:月出里逢(すだちあい)******


 忘れもしない、この感覚。同じだ。初めて三条(さんじょう)オーナーと会った時と同じ感覚。

 あたしだってバッター以外も見てる。流石に去年あれだけ活躍した妃房(きぼう)さんを、テレビ越しですら観たことないなんてことはない。ピッチングだって観てる。素人目線以上で妃房さんの存在と実力は認識してる。

 だけど、実物は違う。数字とかじゃ到底実感できない凄みがある。こんな気持ちが実際に打席に立っても湧いてくるのか、三条オーナーのこと抜きでも確かめたくなった。


「!……あ、もうこんな時間」


 スマホのCODEの着信で我に帰った。佳子(よしこ)ちゃんから『もうすぐシャークスと練習交代』っていう連絡。


「すみません、そろそろ集合時間なので失礼しますね」

「……ちょっと待ちなさい。『球団専用以外のSNSやメッセージアプリ、チャットツールなどで球団内の連絡は禁止』。新人研修会でも説明あったでしょ?」

「あ……やっぱこういうのもダメですか……?」

「当然。確かにCODEは便利だろうし、使い分けが面倒だってのはわかるけど、仕事用と私用くらいは別にしなさい」


 あたし自身は特に好き好んでるわけじゃないけど、単純に『国内で一番普及してる』っていう理由で普段使いしてるメッセージアプリ、CODE(コード)。流石にコーチとの連絡とかは普通に球団専用のチャットツールとか使ってるけど、こういうちょっとした連絡くらいだとどうしても周りに流されてしまう。


「CODEは色々キナ臭い噂があるけど、そういうのの真偽はともかく、『ヴァルチャーズの経営元である』という事実は揺るぎないもの。情報を抜かれる可能性がないなんて全く断言できないでしょ?」


 そうか。そういえば同じリプの大正義球団・ヴァルチャーズの正式名称は"博多CODEヴァルチャーズ"だった。


「それに、CODEの良し悪しを抜きにしても、SNSの公私混同自体が情報漏洩リスクの塊なのよ?何せ一応私用なんだから個人情報保護の関係でこちら側からのメッセージの管理なんて完全には無理だし、例えば引退した選手がスマホを落としてそこから球団の情報が漏れるとか十分にあり得ること。ただでさえ人の出入りが多い職場なんだから、情報管理はそこいらの企業よりも神経質にならなきゃいけないのよ。貴方達にとってはちょっとしたやりとりかもしれないけど、例えばビッグデータの分野じゃ『いつどこでどういうやりとりをした』みたいな情報だって、将来的に組織にとって貴重な財産になり得るの。プロ野球選手は個人事業主ではあるけど、だからこそ、契約違反とかの理由でのトラブルの際は責任を自分で背負わなきゃいけなくなる。学校じゃこういうこと教えてもらえなかったと思うけど、今後は気をつけなさい」

「はい……」


 一応パソコンはそこそこ使える方だと思ってたし、高校で野球部引退した後もそっち方面をアピールして就活してたんだけど、甘かったね。

 それに、プロ野球選手としては三条オーナーに全部を捧げる覚悟でいたんだけど、そっちも甘かった。利益どころか不利益を捧げるところだった。自己判断って、他人に指摘されないと思ったより気付けないものだよね。

 でも、どうしよう。メッセージのやり取りである以上、あたし自身がどれだけ気を付けても……


「まぁ今回の件はどう考えても貴方1人だけが悪いんじゃないし、選手の情報管理の甘さを再認識する良い機会になったと思ってるわ。後で私の方から改めて注意喚起しとくから」

「あ、ありがとうございます……」


 よかった。嫌われ役は正直、三条オーナーの命令でもキツいからね。

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