第百七十四話 真実(1/?)
******視点:冬島幸貴******
「おはよう、幸貴くん」
「ん……」
6月8日。今日もナイターで試合。朝のちょっと遅めの時間に、初音に起こされる。
「トーストでええやんな?」
「おう。ありがとな」
食卓に着いて、ニュースを観ながらトーストを齧る。オレに限らず、日本のどこにでもありふれた光景。
「初音、ちょっとだけ尻どけてな」
「うん。ごめんな、幸貴くん。今日も試合やのに」
ナイター言うても、練習は昼頃から始まる。出発前に部屋の片付けをしたり、布団を干したり。独身の頃はついでにスマホいじってエゴサとかしてたけど、ここ最近全然やってへんな。
「ほんなら、今日も頑張ってな。うちの"ヒーロー"くん」
「おう。行ってくるで」
玄関を出る前に、初音とキスして、初音の腹を撫でる。ほんまに何でもない、今となってはいつもと変わらない1日の始まり。
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ホーム球場……サンジョーフィールドはマンションの近く。電車に乗るまでもなくいつも通り徒歩で向かう。
「……あ」
しまった、スマホ家に忘れてもうた。まぁええか。どうせ試合中は観れへんのやし。
「おはよーっす」
球場に着いてロッカールームに入ると、もう他の選手が何人か着いてて着替え済み。
「「「「「…………」」」」」
やけど、いつもよりやけに静か。
「……?どないしたんですか?」
「「「「「!!!」」」」」
全員がオレの顔を見て、驚いた顔をする。
「ふ、冬島……その……大丈夫なのか?」
金剛さんがなぜか恐る恐るでオレに話しかけてくる。
「?何がですか……?」
「!?い、いや……何でもない……」
(知らないならその方が良いか……)
「……?敷島さん、何かあったんですか?」
「え、えっと……ははは……」
今日先発でバッテリーを組む敷島さんにもなぜか避けられる。何なんや?全く……
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******視点:徳田火織******
試合前、女子用のロッカールーム。
「「「「「…………」」」」」
いつもなら女の子同士で甘酸っぱい話をしたり、時には真面目に野球の話をしたりするんだけど、ついさっきここでみんなで『あの件』を知ってしまって、空気がやたら重い。
「…………」
リリィちゃんに至っては着替えてる途中だってのに、ソファに座って顔を覆って俯いてる。
「ッ……!ああああああああああ!!!」
「「「「「!!!」」」」」
と思いきや、リリィちゃんが急に立ち上がって、叫びながらソファをガンガンと蹴る。
「あのクソ女が!あのクソ女が!!」
「ちょっ!落ち着いてくださいリリィさん!」
「そうだよリリィちゃん!一旦落ち着いて!ね!?」
逢ちゃん達と一緒にリリィちゃんを力づくで止めつつなだめる。
……やっぱりリリィちゃん、色々知ってたっぽいね。昨日何となくそんな気がしてたけど。
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あんなことがあったとしても、試合は約束通り始まるし、練習だって時間が決まってる。いいかげんにグラウンドの方へ出てみると……
「おっ、女子組遅かったやん。珍しいな」
「え……?」
先にグラウンドに出てた幸貴くんがあっけらかんとした様子で、アタシ達に話しかけてくる。もしかして幸貴くん、まだ知らない……?
「…………」
「……やっぱ何かあったんやな」
でも、リリィちゃんの様子を見たことで、幸貴くんも何かを察したみたいで。
「火織。男連中に聞いても何も教えてくれへんねん。多分オレに関する何かやってのはわかるんやけど、今日ちょっとスマホ忘れてもうてな……教えてくれへんか?」
「え、えっと……」
言いづらい……単純に幸貴くんのことを思っても、今日の試合のことを考えても……
「このままやと気になって練習に集中できひん。火織いっつも練習の時はスマホ持ってきてるやろ?」
……ま、いずれ絶対わかることだけどね。アタシも似たようなこと経験したし。だからこそ、できるだけ黙っておきたいけど……
「幸貴くん」
「ん?」
「冷静でいられるって約束できる?」
「まぁ、お前のスマホ叩き割ったりはせんわ」
「……わかった」
今まさに困ってる友達を放ってはおけないよね。他人の目のある今なら逆に良い機会かもしれないし。
……それに、あんな真実がわかったとしても、子供を産んだアタシとしては、やっぱり……
「これ……」
「……!!!」
スマホのブラウザを開いて、さっきのページを表示した状態で幸貴くんに渡す。幸貴くんはそれを受け取ったほんの少し後、目を見開く。そりゃそうだよね。目を覆いたくなるような話でも、そうなっちゃうよね。アタシと同じで。
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