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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第五章 ホンジ・スキーム
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第百七十三話 至福(8/8)

******視点:リリィ・オクスプリング******


 試合はそのまま順調に進んで……


「放送席ー、放送席ー、そして球場にお集まりのバニーズファンの皆様。お待たせしました!ヒーローインタビューの時間です!本日のヒーローは、勝利投手の氷室(ひむろ)選手。そして主砲の冬島(ふゆしま)選手です!」


「「「「「うおおおおお!!!」」」」」


 妥当な人選。ホームやから2人以上出てこれるけど、もしビジターやったら……


「まずは氷室選手。今日は7回1失点8奪三振。現在リコホームラン王の猪戸(ししど)選手擁する強力ペンギンズ打線に対してHQSを達成。素晴らしいピッチングでした!」

「ありがとうございます。ですが押し出してしまってすみません……」

「その押し出しのあった場面ですが、徳田(とくだ)選手がマウンドに来てから調子を取り戻したように見えました。あそこでどんなふうに声をかけられたのでしょうか?」

「息子を人質に取られました」


「「「「「ハハハハハ!!!」」」」」


「徳田選手もあの場面でホームゲッツーを成立させる素晴らしい守備を見せてくれました。頼もしい奥さんですね!」

「あんまり褒めるとまた調子に乗ってやらかすんで、ほどほどにしといてください」


 あの2人のことは普段から火織(かおり)を嫌ってる女性ファン以外からも叩かれまくったけど、去年の優勝という結果でこうやって笑い話にできるようになった。

 ……結果が伴えば、過程は許されるし、むしろ賞賛されることもある。今の幸貴(こうき)も……


「そして冬島選手。第3打席、キャリア初の2桁本塁打となる勝ち越しの満塁ホームラン。打つ方でも氷室選手を完璧に援護しました。打った瞬間の感触はいかがでしたでしょうか?」

「子供の頃にバカスカ打ちまくってた時のこと思い出しました」

「今シーズンは今日に限らず打撃絶好調。打率3割を超え、ホームランの数ではチームNo.1を独走しております。ここまでの快進撃の要因は何でしょうか?」

篤斗(こいつ)とは逆で特に何も背負ってないからじゃないですかね?これはこれで気が楽ですよ」


「まぁ冬島はなぁ……」

「いや、あんなこと言ってるけど意外と遊んでるんちゃう?」

「ひょっとしてパンダかおりんみたいに……」

「いやぁ、それは流石にないやろ」

「でも金目当ての女ならいくらでも寄ってくるやろ。冬島くらいになったら」


「うーん、酷い言われようだねぇ……」


 ベンチから、観客席の声を聞いて呆れる天野(あまの)さん。


「でも冬島(アイツ)、プロ入り前から普通に女と付き合いあるって言ってたぞ」

「でも結婚ってなると話変わってくるよなぁ」

秋崎(あきざき)はどうなんだ?お前なら引く手数多だろ」

「え!?い、いや……わたしはまだそういうのは……」

佳子(よしこ)、本当だろうな……?」

「う、うん……」

(またお金にだらしない男の人捕まえちゃったのかな?神楽(かぐら)ちゃん……)

月出里(スダチ)、例の打撃投手(バッティングピッチャー)とはどうなったんだ?」

「……イッツノーコメント」

「ハハハ、良い発音だ」


 幸貴の話に関連して恋愛事情で盛り上がるベンチ。当然、同僚ということで、少なくともファンよりかは他の選手のプライベートに詳しい。

 それでも、幸貴が篤斗と『同じ』やと知ってるのはウチくらい。そんなん知ってたところで何の優越感もないし、悲しいだけなんやけどな。


「?どしたのリリィちゃん?具合悪い?」

「!?あ、いや……何でもないんや……」

「……ふぅん……」


 その言葉を鵜呑みにしたのか、何かを察したのかは知らんけど、火織はそれ以上は何も詮索してこなかった。


「ねぇ、リリィちゃん」

「ん?」

「このチームでプレーするの、楽しいよね」

「……せやな」


 そうやんな……今更こんなことで悩んでもな。

 火織とかもおるこのチームで野球やって、人並み以上にお賃金もらって……そして、惚れた幸貴がその名の通り幸せを掴んだ。それだけでも十分『至福』やんってな。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


******視点:冬島幸貴(ふゆしまこうき)******


 試合が終わって帰宅すると……


「幸貴くん!」

「おわっ!?」


 いきなり初音(はつね)が抱きついてきた。もちろん、腹のところに気を遣いながら。


「おめでとう。ほんまおめでとう……」


 その目には、うっすらと涙が浮かんでた。


「……まだシーズン途中やで?」

「でも幸貴くんはおめでとうやん」

「汗臭くないか?」

「そんなん気にならへんよ。うちらのために頑張ったんやから」


 その言葉に甘えて、オレも初音の頭を撫でる。しばらく黙って触れ合い続けた後、食卓へ向かう。


「今日は頑張って作ったで。幸貴くんの好きなレバニラ炒めや」

「おお、ありがとな」


 食卓の真ん中にはレバニラの大皿。


「でも初音大丈夫か?確かビタミンAあんま摂らん方がええんちゃうんか?」

「ふふっ……幸貴くん、お医者さんみたいやなぁ。食べすぎんかったら大丈夫やで。心配してくれてありがとな」


 白米が山盛りの茶碗を持ちながら、大皿に箸を伸ばす。一緒の皿でこうやって分け合うことさえも、今までのどんなことよりも嬉しく思えてまう。


「ヒロイン観てたか?」

「うん」

「すまんな、嘘吐いて。ほんまは打てたんは初音達のおかげや」

「わかってるって」

「もうちょっと黙っとかんとな」

「でもいつか、3人で一緒に公園行ったり、遊園地行ったりできるやんな?」

「今はそれが一番の楽しみや」

「……幸貴くん」

「ん?」

「何か今うち、幸せすぎて逆に辛いわ……」

「オレもや」


 今を思えば、オレは多分、オレ自身が幸せになることよりも、オレを不幸にする奴らとか不幸にした奴らにやり返すことばっかり考えて生きてきたんやと思う。初音とこうやって結ばれるまでは。

 ……何も恨む必要も、何も呪う必要もない。ただ毎日、オレのために泣いてくれた女がおったらそれ以上の『至福』なんかないって、初音が気付かせてくれた。


「初音」

「ん?」

「ありがとな」

「うちも。幸貴くんに逢えてほんま良かったわ」

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