第百七十三話 至福(6/?)
******視点:氷室篤斗******
「ボール!フォアボール!!」
「タイム!篤斗、大丈夫か?」
「お、おう……ちょっと感覚が狂っただけだ……」
去年の帝シリの雪辱を果たすためにも、ここまで全部負け越してるリプのプライドに賭けても、割と負けられねぇ今日の試合。せっかくついさっき月出里が先制してくれたってのに……
「プレイ!」
「4番サード、猪戸。背番号55」
「4回の表、ペンギンズの攻撃。バニーズ先発の氷室は3回まで打者9人で抑える快投を披露しておりましたが、この回は一転して先頭打者からの2連打、そして四球でノーアウト満塁、逆転の大ピンチ。そしてこのタイミングで打席には2年連続ホームラン王に向けて直走る猪戸」
「「「「「やべぇよ……やべぇよ……」」」」」
「ボール!」
「初球、これも高め外れましたが151km/h出ております!」
球はきちんと走ってるし、俺の中でもゲームが始まってから制球の感覚は変わってねぇつもり。なのに幸貴にも言った通り、この回に入ってからほんの少しだが思ったところよりズレる。
まぁ俺も軽く20年くらいはピッチャーやってきたから、こういうことは今までに何度もあった。俺に限らず、ある程度ピッチャーをやってきた人間ならきっと誰しもが通った道。だからこそ厄介なんだよ。ほとんど対処しようがねぇし、いつこうなっちまうのかもわからねぇし。
「ビビんなパンダ!」
「打たせてけ打たせてけ!」
……そうだよ。普通はそうするんだよ。けどこの打席に限っちゃリスクがありすぎる。『想定通り投げられてさえいれば安全だが、そうでなけりゃこの上なく危険な相手』。
リードは1点。だからもちろん、ここの歩かせは論外。
「!!ストレート打って……」
「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」
「ファール!」
「しかしこれはレフトポール際、切れましたファール!」
だがそれでも、流石にこんなもん見せられるとな……
奴は月出里とは真逆。三振しまくるが、あらゆるホームランの打ち方を知ってる。パワーにものを言わせて右方向にどデカいのも打てるし、こんな感じで逆方向も狙える。そしてどのコースでもほぼ満遍なくホームランにできる。
……俺だって逃げたくねぇ。逃げたくなんかねぇが……
「ボール!フォアボール!」
「押し出し!最後は低め、叩きつけてしまいました1-1!」
「「「「「あああああ……」」」」」
やっちまった……
「5番キャッチャー、小池。背番号27」
「なおもノーアウト満塁、ピンチが続きますバニーズ。打席には小池。昨シーズンは攻守にわたって大活躍しチームのリーグ優勝を支え、今シーズンもここまで変わらず好調のチームに貢献します」
「両軍共にキャッチャーがクリーンナップを任されていますが、やはりキャッチャーが打てるチームは概ね強いですねぇ」
落ち着け……リリースのタイミングをちょっと修正して……でも次の回に感覚が戻ったら逆に……
「タイム!」
「!」
タイムをかけたのは幸貴じゃない。そいつがマウンドに駆け寄ってきて……
「火織……」
「アタシが惚れた男って、こんなもんだっけ?」
「!」
「みっくんも観てるよ。頑張りなよ"パパ"」
「……ずりぃぞ、それ」
「知ってるでしょ?アタシが"ずるい女"だって」
「ああ。だから惚れた」
「……ありがとね」
試合中に野球と関係ねぇことばっか言ってんじゃねぇよ。
「プレイ!」
だが、逆に頭が冷えた。
「ストライーク!」
「これはアウトコース、良いところに決まりました!見送ってストライク!」
(……ナイスや火織)
だろ?
(欲張らなくても点はいくらでも入る状況。ここは得意の……)
「逆方向、上手いバッティング!」
いや、そっちなら……!
「……いや、セカンド捕って!バックホーム!!」
「アウトォォォォォ!!!」
「一塁は……!?」
「アウトォォォォォ!!!」
「一塁もアウト!ゲッツー!!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「やっぱり必要戦力じゃないか(呆れ)」
「バネキは反省して、どうぞ」
「「「「「ぐぬぬ……!」」」」」
「これはショート捕って、一塁へ……」
「アウト!」
「これでスリーアウトチェンジ!バニーズ、押し出しで同点に追いつかれましたが後続では踏ん張りました!」
「悪ぃな、せっかく打ってくれたのに……」
帰り際、とりあえずまず月出里に謝罪。
「こういうこともありますよ。ってかあたしに謝るより先に火織さんに感謝した方が良いですよ」
「……あっくん、アタシの目の前で不倫とか良い度胸してるね?」
「おいおい、お前ら勘弁してくれや?夫婦揃って週刊誌に美味しいネタばっかり提供して……」
「「「「「ハハハハハ!!!」」」」」
こんなやりとりはウチじゃよくある冗談。もちろん、火織のアレが実際にあった時はネタじゃ済まされねぇことになったけど……それでも、辛いことを山ほど乗り越えて、俺達は2年も続けて優勝争いできるようなチームになれた。
……『風刃に負けてるから』ってのも正直あるが、それでも今となっちゃメジャーでバリバリ稼ぐとかよりも、このチームでこれからもずっと野球やっていきてぇな。幸貴に捕ってもらって、火織とこういう場面を乗り越えて……
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