第百七十三話 至福(4/?)
「ワンナウト一塁二塁、バニーズ、初回からチャンスメイクを果たしました。そして打席には今シーズン絶好調、プロ5年目の頼れる"正捕手"、冬島幸貴。昨年までは主に下位の打順を任されておりましたが、今シーズンは春先から打撃好調、主力打者の不調や故障が相次いだのもあって、シーズン途中からクリーンナップに抜擢、そして現在では4番に定着し、マスクを被らない日は指名打者として出場を続けております。打率.312、9本塁打、48打点、OPS.899。勝負強さで打点もしっかり稼いでおります」
「「「「「冬島!冬島!ホームランホームラン冬島!」」」」」
まさかプロになってこんなコール聞ける日が来るとはなぁ……まぁ確かに幸貴はプロに入ってからは『キャッチャーとして及第点』くらいのバッティングやったけど、大学の頃はバッティングも良かったし、何なら子供の頃はむしろバッティングが一番の自慢やったって話。
「!?これは……レフト大きく上がって……!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
いや、これは……
「レフト、フェンスの手前……」
「アウト!」
「捕りました!二塁ランナーはスタートを切りません!」
「「「「「あああ……」」」」」
やっぱりな。ほんの少し上っ面。いくら調子がええからって、このくらいのミスショットなんてよくある話。
……でも幸貴、多分狙っとるな。プロで初めての二桁。
「!!ショートの頭上……」
「アウト!」
「しかしこれはショート赤尾、上手く捕りました!」
(それを捕りますか……)
「松村は得意の流し打ちで上手く捉えたんですけどねぇ。良い反応してますよ」
「ショートの赤尾はプロ3年目。まだ20歳の若い選手ですが、攻守両面でアピールに成功し、今シーズン開幕スタメンを勝ち取り、ここまでショートスタメンの座を守り続けております」
「スリーアウトチェンジ!」
「これでスリーアウトチェンジ!バニーズ、怒涛の攻撃でしたがペンギンズの好守に阻まれ、初回は無得点で終了しました!」
「ドンマイドンマイ!」
「みんな、良い当たりしてたよ!次の回もシマッテイコー!」
内容的には1、2点取っててもおかしくなかった。そのせいか、ベンチの雰囲気も明るい。
というか、それくらい士気上げとかんとまずい相手に回るからな、この回……
「2回の表、ペンギンズの攻撃。4番サード、猪戸。背番号55」
「1回の攻防は両者無得点。そしてペンギンズはついにこの男に打順を回しました。プロ5年目、昨年のリコ本塁打王、"怪童"猪戸士道。高卒2年目から36本塁打を放って以来、年々進化を続けておりますこの男。今シーズンはここまで打率.275、16本塁打、45打点、OPS.995。年間40本を超えるペースでホームランを量産し、同年代のライバルの月出里とは違った形で存在感を示しております」
「ヒェッ……」
「去年の帝シリで風刃くんから一発打った人だっけ……?」
「ちょうちょの倍打ってるやんけ……」
(ほんとクソ憎たらしいね、あの歌舞伎野郎。今年はホームランより率優先で我慢してる最中だってのに……)
いくらホーム球場が狭いからって言っても、これだけのレベルやとな。今は打球速度も簡単に調べられるようになって、メジャーでも上澄みレベルのパワー持ってることは証明されとるし。
(当たれば終わり、それくらいの相手だが……)
「ストライーク!」
「まずは外、スライダーから入ってきました!」
(ぬぅ……)
「ちょっと甘かったですが、多分狙ってなかったボールでしょうね。今年の氷室はまっすぐフォーク以外はあんまり投げませんし」
(当たらなけりゃ意味はない、ってな)
初球からこの入り方。今年のペンギンズは去年ほど打てる奴おらへんし、マークすべき相手は徹底的に、って感じやな。
「ボール!」
「ファール!」
「まっすぐ!しかしこれはレフト方向、スタンドへ入っていきました!今日最速の150km/hが出ました!」
「ファールボールにご注意ください」
まっすぐがええ感じにファールでカウント稼げる球として機能しとるな。それはつまり平均からええ感じに外れた球である証拠。
(俺はプロ入って何年かまではよくあるスリークォーターだったが、スピードがそんなに出てなかったから、悪い意味で『平均的』、『よくあるまっすぐ』の範疇でしかなかった。だが、あえて今じゃ主流じゃなくなりつつあるオーバースローに修正することで、スピードじゃ平均をそこまで抜けられなくてもホップで平均を十分抜けられるまっすぐを投げられるようになった。それが一昨年くらいまでエースでいられた要因の1つ。そして……)
「ストライク!バッターアウト!!」
(このスプリッターが決め球になる要因、ってな)
「スイングアウト!最後は伝家の宝刀!リコ本塁打王をまずは第1打席、空砲で終わらせました!」
まっすぐに意識をいかせたところで、ええ感じに打ちたくなるところから打ちづらいところへ落ちる軌道。『とにかく一発』って意識の打者はむしろカモ。いくらこれまでとんでもない数のホームランを量産してたとしても、今日の篤斗が『再現性』っていう自分との勝負に勝ってる限り、対猪戸で心配することはあらへんな。
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