第百七十三話 至福(3/?)
******視点:リリィ・オクスプリング******
「1回の裏、バニーズの攻撃。1番サード、月出里。背番号25」
「バニーズも初回の攻撃に入ります。バニーズの切込隊長もお馴染みこの人、月出里逢。『打率4割』という前人未到の大記録を目標に掲げた今シーズンは、ここまで有言実行。シーズンの3分の1以上を消化した現在においても打率.417、8本塁打、44打点、11盗塁。OPSも脅威の1.278」
「うーん、化け物w」
「でも打率狙いのせいかホームランがなぁ……」
「どっちみち低めホームランにできんのバレてるやろうしこんなもんやろ」
プロになってすぐの頃、一緒に柳監督に喧嘩売ってた頃はヒットもまともに打てんかった守備専ショートがどえらい奴になったもんや。もうちょっと現実味のある数字なら、『こっちは守備やってへんのに』とかそういう悔しさも湧いてきてたんやろうけど、ここまでやられると逆にもう別の次元の奴やと割り切れるな。幾重さんと同類とかそんな感じで。
「ストライーク!」
「初球はまっすぐ空振り!いきなり151km/hが出ました!今日のペンギンズの先発は来日2年目のジョニー・レイニー。昨シーズンも先発として13試合に登板しましたが、故障によりポストシーズン出場は叶わず。結果的に対バニーズは今日が初めてとなります。今シーズンはここまで8試合登板して防御率2.98、3勝0敗と安定した成績を残しています」
今日のウチは3番。必然的に初回から打席が回る。ここではいったんベンチから向こうの投手の球筋を見る。初見の相手やしな。と言っても、もちろん試合前に調べられる範囲では調べとるけどな。
向こうの投手は最近ポツポツ見かける、『150km/h以上をコンスタントに出してくる先発』。見るからにパワーピッチャーやけど、スピードだけが取り柄の投手やない。
「ボール!」
「ボール!」
「ファール!」
「ここでもう1球まっすぐ!しかしこれは右方向切れました!」
(……ちょっと鹿籠さんに近いかも?)
あの投手はまっすぐがカット気味に動くタイプ。あのまっすぐを軸に色んな球種をたまに混ぜるタイプやけど、変化球の中やとスライダーを投げる頻度が多め。意図的に投げるカットボールもあるっぽい。全体的に右打者に対して逃げる軌道の球が得意ってわけやな。
「ボール!フォアボール!」
「選びました、今日も魅せます選球眼!ノーアウト一塁!月出里は全58試合中57試合の出場ですが、このフォアボールで今シーズン70個目となりました!打率のみならず出塁率もここまで6割近くを保っております」
「ログインボーナスか何か?」
「こいついつも選んでるな」
別に次の打者が極端にショボくて逃げられてるわけでもないのに、よう選ぶわ……これでまだ三振10個もしてないとかいうマジキチなバットコントロールやからできることなんやろか……
ウチもプロになる前からバッティングで売ってたし、相手の警戒につけ込んで四球選ぶのも一つの仕事みたいに思ってたけど、プロになってからはやっぱり投手のレベルが高いから、多少妥協して早めに打つのを増やして、四球をある程度犠牲にして前に飛ばせる確率を上げたりしてる。多分ウチだけやなくて、ウチと同じような立場の奴はほとんどそういう妥協をしてるはず。
ほんまおっそろしい奴やで。
「打ち上げた!これはサードの頭上……」
「アウト!」
「捕りました!ワンナウト一塁となりました!」
「おいおい!いつもの引っ張りどないしてん!?」
「まぁこういうこともあるわな」
火織は一軍に上がってから調子が悪いってこともない。出場数がまだ少ないだけで、ペース的には去年とそんなに変わらへん。初見の相手ならああもなる。
「3番指名打者、オクスプリング。背番号54」
「打席には今シーズン初出場となるプロ5年目のオクスプリング。プロ入り1年目から毎年.280前後の高打率に2桁の本塁打、OPS.800以上と安定した好成績を残し続ける強打のスイッチヒッターですが、今シーズンは春先の絶不調で初の開幕二軍スタートとなってしまいました。故障で離脱した十握の穴を埋め、例年通りの活躍ができるか……」
向こうは左右であんまり得意不得意のないタイプの右投手やけど、ウチ自身はどっちかと言うと左の方がメインやから例の如く左打席。
「ストライーク!」
「まっすぐ!真ん中低め見送ってストライク!」
二軍で特別打ちまくってたわけやないし、向こうはすんなりとファーストストライク取りに来たな。イケイケで来るんなら……
「まっすぐ打って!センター右……落ちましたヒット!オクスプリング、自身の開幕1打席目からしっかり結果を残しました!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「甘く入ったまっすぐをしっかり捉えましたね。一軍上がってすぐにこのスピードについていけるのならここから期待できそうですね」
早打ちも悪くないもんやろ?なんて思いながら、二塁に進んだ月出里の方を見る。
(いや、あたしだって初球から普通に振るし。アウトにならないようにした結果こうなってるだけだし)
さて……後は頼むで、主砲さん?
「4番キャッチャー、冬島。背番号8」