第百七十三話 至福(2/?)
******視点:氷室篤斗******
「ナイスボール!」
試合前の投球練習。幸貴からの返球を受け取っては投げを繰り返す。こういう時はキャッチャーはピッチャーを褒めて伸ばすのが普通だが、それを抜きしても今日は球の走りが良い。
今日は降ったり止んだり、降ってる時もパラパラ程度の小雨。バニーズはこの時期、基本的にドーム球場を使って雨天中止をなるべく避けるようにしてるんだが、今週のゲームは交流戦だからか全試合メインのサンジョーフィールド。けど今日に関しては逆に良いな。湿気でいつも以上に指にかかる感触がある。
「今日はマジで頼むで?おっそろしいのが4番におるからな」
「わかってる。アイツの怖さは俺らのほとんどが知ってることだろ?」
「まぁな……オレも結構打ちまくってるつもりなんやけど、倍近くってのはなぁ……」
「ま、それでも俺らから打ったわけじゃねぇ、ってな」
「せやせや。ウチは沢村賞候補だらけやからな。しかもオレがおる」
「……ほんと、すげぇ奴になったよな幸貴」
「運が良かっただけや。オレがプロになってすぐは伊達さんがまだ現役やったし、1年目から一軍でやれたんは『篤斗専門』っていう椅子があったからや。そういう意味じゃ、オレはお前に救われたようなもんや」
「へっ……その割には去年、風刃と最優秀バッテリーだったよな?」
「そんなん周りが勝手に決めただけや。オレとしちゃB9にもGGにも選ばれんかったお情けくらいにしか思ってへんわ」
「今年はその辺、全部独り占めできそうだな」
「篤斗やってまた"エース"になれるわ」
「……ありがとな」
と言っても、まだまだそんな立場じゃねぇのはわかってる。幸貴なりの激励……ではあるが、決して薄っぺらい持ち上げじゃなく、『そういう可能性もある』と本気で信じてくれてる。
どっちにしろ、今日の試合に限ってはオレが『先発』という"主役"。今日勝てば6連勝で、ヴァルチャーズあと少しでまくれる。逆転優勝の立役者になれるチャンス。存分に調子こかせてもらうぜ。
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2022ペナントレース バニーズvsペンギンズ
○天王寺三条バニーズ
監督:伊達郁雄
1三 月出里逢[右右]
2二 徳田火織[右左]
3指 リリィ・オクスプリング[右両]
4捕 冬島幸貴[右右]
5右 松村桐生[左左]
6左 金剛丁一[左左]
7一 天野千尋[右右]
8遊 黒潮隆之介[右左]
9中 秋崎佳子[右右]
投 氷室篤斗[右右]
●西東京雁芒ペンギンズ
監督:砂爪勝正
[先発]
1中 小林怜治[右右]
2左 牧羽緑[左左]
3二 鉄炮塚花[右右]
4三 猪戸士道[右左]
5捕 小池段平[右右]
6指 ■■■■[右左]
7一 エル・ディエシシ[右右]
8遊 赤尾理斗[右左]
9右 ■■■■[左左]
投 ジョニー・レイニー[右右]
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「生憎の雨天となりましたが、熱い組み合わせとなりました本日からのカード、天王寺三条バニーズ対、西東京雁芒ペンギンズ。昨シーズンの優勝チーム同士、そして今シーズンもバニーズは首位ヴァルチャーズと僅差の2位、そしてペンギンズは5月から首位を独走。そしてバニーズは現在5連勝中、ペンギンズはここまでの交流戦4カード全て勝ち越し。両軍共に非常に勢いのある状態でのぶつかり合いとなりました」
「1回の表、ペンギンズの攻撃。1番センター、小林。背番号9」
「今日もペンギンズの切込隊長は小林。昨シーズンにレギュラーに定着し、チームの優勝に貢献。今シーズンもここまで打率.275、8本塁打、そしてOPS.825に14盗塁。得点の要としても、外野守備の柱としても頼もしい存在になっております」
幸貴とほとんど変わらねぇくらい飛ばす奴が初っ端から。流石はペンギンズ打線。
と言っても今年は去年と比べて全体的に投手力寄りのチームになってるみたいだけどな。特定の奴になるべく打順を回して、最小限の得点で逃げ切る。去年のウチもよくやってた手だ。
「ストライーク!」
「初球真ん中高め!しかしバットは空を切りました!147km/h出ております!」
スピードは特別出てるわけじゃねぇけど……
「ファール!」
「これもまっすぐ、149km/h!」
「差し込まれてますねぇ……高めに集まってますが、最近向こうでは逆にこういうのがトレンドらしいですね」
(真ん中めに来たと思ったんだが……)
まっすぐの威力で相手に思い通りのスイングをさせない。投球の基本中の基本にして王道。これが叶うなら結果的に何km/hだって良い。
そして、まっすぐを脅威と感じさせりゃ、あとは俺の勝ち……!
(また真ん中め……ここから浮くか……!?いや……!)
「ストライク!バッターアウト!」
「三球三振!最後は伝家の宝刀スプリット!先頭打者を完璧に抑えました!!」
「「「「「氷室くくくぅぅん!!!」」」」」
もちろん、こんなのを27回ずっと再現し続けるなんて無理だと思うけどな。どこかで必ず綻びは出るだろうし、向こうも途中から慣れてくるはず。
「!!これはセンターの前……落ちましたヒット!」
そしてこういう不運もあって当然。
「一塁ランナースタート!」
「ストライク!バッターアウト!!」
「二塁送球は……!?」
「アウト!」
「刺しました!三振ゲッツー!バニーズ、初回はバッテリーの力で結果的に3人で抑えました!」
「よっしゃよっしゃ!ある意味最高の滑り出しや!!」
「リコの連中に交流戦完全優勝なんてさせへんで!」
「幸貴」
「おう」
ベンチへの帰り際、それだけ言って拳を重ねる。『それだけで十分だ』と自信を持って言える結果だったから。