第百七十三話 至福(1/?)
******視点:リリィ・オクスプリング******
6月5日。二軍球場。
「ハァ……ハァ……」
「大丈夫か!?そろそろ上がるか!!?」
「ッ……!コォォォイ!!」
「しゃあ!じゃあこれでラストだ!」
プロに入ってからは一軍の試合でほとんど守備をやってへんけど、別に守備練を全くやってへんわけとちゃう。選手1人1人のレベルが高くて、入れ替わりが激しい今の時代、DHしかできひん奴なんて即お払い箱。優勝チームなら尚更。打つ方で調子落としたんなら当然。
今年はシーズンが始まってからはファースト7、サード3くらいの比率で守備練。二軍戦でも逆にDHで出ることの方が少ないくらい。サードの月出里がアホみたいに打ちまくってるし、金剛さんが一軍上がったけど調子上がってへんし、天野さんがセンター回ってる今のチーム状況やとな。
「よく捕った!」
「ナイス!」
最後の最後に一塁線への強い当たり。せやけど飛び付いたら上手いことミットに収まってくれて、そのままファーストタッチ。
ほんまに『どっちかと言うと』くらいのレベルやけど、サードの方が一応メイン。でも最近はみっちりと練習して、他人から見ても『サードよりはまだマシ』と思われるくらいにはなってるはず。
「ふぅ……」
「リリィ、ちょっと良いか?」
「あ、はい」
クールダウンを終えて帰り支度してる途中、コーチに呼び止められる。
「急な話ですまないが、来週から天王寺な」
「え……?」
「今日、十握が練習中に太ももを痛めたらしくてな。一応今日の試合には出たが、あまり状態が良くないらしい」
まさかのチャンス到来。交流戦もあと6試合全部ホームやから、ここからのペナントレースは全部DHあり。
「ここ最近は打球も上がってるし、今のお前ならきっと戦力になれるはずだ。頑張ってこい」
「あざっす!」
「……にしても、お前でもバッティングの調子がこんなに悪くなる時もあるんだな。プロになって4年間、ずっと主軸を打ってたお前が……」
「いや、まぁ……そもそも月出里の方が打ってますし、ウチやって人間ですよ?」
……失恋したくらいでいつまでもウジウジしてる程度の、な。
ほんまマヌケな奴やで。英語喋れへんからこのまま結婚して日本に根を張るつもりやったのに、グズグズしてる間に可愛いアイドルに奪られて、子供までこさえられて……
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6月7日。久々のサンジョーフィールド。今日からの3連戦の相手はあのペンギンズ。去年帝シリで戦って勝てへんかったとこ。
ヴァルチャーズとの優勝争いもあるし、結構な大一番。随分なタイミングで一軍上がったもんや。足引っ張らんようにせんとな……
「よう、リリィ」
「!!お、おう……幸貴か……」
まだ話しかける気分やなかったけど、向こうから来て思わず返事。
「DH、長いこと楽しませてもろたで」
「お前、打ちすぎやで……ウチのキャリアハイ超えそうやん」
「今年だけはな」
せやんな。やっぱり子供のことで……
「なぁ、赤ちゃんそろそろやっけ?」
「今で8ヶ月ってとこや。来月、再来月には産まれるな」
「そうか……」
現役アイドルと結婚して、もうすぐ子供も産まれる。球団の偉いさんはもちろん知ってるっぽいけど、選手の中じゃそこまで詳しく知ってるのは多分ウチだけ。何なら付き合い始めの頃から話は聞いとる。これでも大学の頃からの付き合いやしな。
……でも、幸貴にとっちゃウチはその程度。幸貴があんな可愛い子捕まえたって何もおかしないことやってウチにはわかるけど、所詮はその程度止まり。
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